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【NY-3 Starbucks】歌声喫茶 in Manhattan
ホテルの室内ではwifiが飛んでないので、ネットアクセスはマックに
LANケーブルを突っ込んでいた。
iPadでやりたい作業もあるので、そういうときは、近所のスタバへ電波を
もらいにいく。たいていは朝食を兼ねて。
ホテルからちょっと上がった、たしか54th st.8th Aveの角っこにあった
スタバには、写真のような、「Now Playing」画面があって、
なかなか良かった。
日本のスタバでも、「あ。この曲、いいね」と思ったりすることがある
けど、何がかかっているのかわからないことが多い。
忙しくしているお店のスタッフに聞くのも申し訳ないので、
ついそのまま忘れてしまうんだけど、これだとわかるからいいね。
このスタバはスタッフが陽気で、流れる曲に合わせて歌っていた。
それもまた、楽しかった。
【NY-2 human】メイドのおばちゃん(コスプレちゃうで)
長い旅に出るときは、いつも何か一冊の本をお供にする。
昨年9月のホノルルの時は村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語る
こと』だった。ややこしいタイトルで、いまだに覚えられん。
成田空港で見つけた。
今回のニューヨーク行き、成田で二冊、候補を買って行った。
そういえば、その成田の書店で、狭い通路にもかかわらず座り込んで
スマートフォンのゲームをしているオタク・ガキ青年がいて、蹴っ飛ばして
やろうと思ったのだがそう思った時に背表紙が目に入ってそれが
『蹴りたい背中』だったので、思わず笑って、蹴るのは許してやった。
二冊は『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(武居俊樹)
『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」(川上未映子)
ぼく的には川上さんのほうが関西ノリでぴったりくるのだが、
なぜか読み続けたのは『赤塚不二夫・・・』のほうだった。
著者は小学館で赤塚不二夫を長く担当した編集者。
これがまあ、プライベートで会ったら、100%ウマが合わないタイプ。
やだなあ、こういうの、オレ、あかんなあ、嫌いやなあ・・・
と、作家の立場から嫌がり、それでも風呂に入りながら、
ずっと読んでた。
ベッドサイドには、常にバカボンのパパの顔があったことになる。
で、話は、部屋担当のメイドのおばちゃん。
一週間もいれば、おばちゃんと顔見知りになる。
朝も、昼間も、おばちゃんは狭い廊下にカート置いて、常にどこかの
部屋を掃除してくれている。
会う。顔を合わせる。
“Good morning! How are you?”
いつもこの挨拶だ。笑顔がいい。
“Clean up my room, thank you!”
と、出かけるときは一声かけていく。
そうしないと、おばちゃんとしても、掃除していいのやら
どうやらわからないから、早く帰れないだろうと思ったからだ。
ほぼ一日、ホテルの廊下と客室にいて、せっせとベッドシーツ換えたり、
風呂掃除したり、ゴミ出したり、してくれる。
一日中だからね。いくら仕事とは言ってもね。頭が下がる。
だから、ピローチップも、いろいろおまけをつけて、置いた。
ドル札以外に、たまった小銭やら、チョコレートやら、飛行機で
もらったアメニティグッズの入った小さなバッグ(もちろん未使用)
やら。「よかったらもらってください」とメモ置いて。
おばちゃん、良かったなあ。
最後の日曜だけ、別の若いおねえちゃん二人で、そら、おばちゃんも家庭
があるし、日曜は休ませてあげないといかんわなあ、と思ったけど、
おねえちゃんたちはさすが粗い仕事で、やはり人によってルームメイクも
違ってくるんやなあと思った次第。
しかし、いつもベッドサイドにあるバカボンのパパの顔を見て、
おばちゃんはいったい何をどう思っていたのやろ。
一度聞いてみたいと思いつつ、忘れてしもた。
おまけで、実践旅英語。
アメリカはたいして実力ないくせに、ホテルの鍵を電子カードにしちゃったり
する。せんでもええのにねえ。言わんこっちゃない、これがまた、簡単に故障する。
使えなくなるのだ。
そういうときは、フロントにこういう。
“My room key doesn’t work”
ついうっかり、部屋に鍵を置いて出てきてしまった。
“I left my key in my room!”
【NY-1 human】おそるべし!アラブ兄弟の傘
さて、今日から、ニューヨーク紀行を始めます。
時系列で日記を書いてもおもろないので、「人」「事件」「本」
という風に、テーマごとに書いていくつもり。
でも飽きっぽいから、飽きたら、やめちゃうかもしれません。
そのときは、ゴメン。
まず登場願うのは、ホテルの並び(7th Ave.)にあった土産物店。
旅が始まって、最初の頃、たしかあれは啓三が到着するというので
彼のホテルペンシルバニアに迎えに行く時じゃなかったかな。
ニューヨークはぼくが着いた翌日、火曜日から雨で、その日は水曜、
朝から降ってた。しかも寒い。
日本からダウンジャケット持って来て正解だった。
多少の雨なら、ダウンのフードを頭からかぶればオッケーだったの
だが、その日は風も強く、傘無しで出かけるにはメゲそうな感じだった。
ダメモトでホテルフロントのおっさんに「傘貸して」と言ってみたが
そしてニューヨークでは当然のことだが「ない。売店で買え」とのお達し。
売店に行くと愛想100%無添加のねーちゃんがブッサイクな折りたたみ傘を出して
「他のデザインは?」と聞いても「ノー」の一言で、もともと
折りたたみ傘は嫌いなので、買わんかった。
どないしょ、と思いながら、時間なので、ええい面倒だ、とにかく出ちゃえ、
とホテルから出たら目の前に土産物店がある。
店先に、長くて丈夫そうな傘が並んでる。
よっしゃ、ここで買えばいい。
一本抜き取って、「?」という感覚があったのだが、それはその時
なぜかわからんかった。
100%うさんくさい笑顔のアラブ兄ちゃんが寄って来て、
「それでええか?」
と聞く。「ええか」ではなく、実は万引き防止で、お金を早く支払え
という意図だ。
あらためて見回すと、レジを始め、店内至る所に同じ顔をした男たちが
群れている。みんなアラブ系である。しかも似ている。ひげある。
ぼくはこの店を「アラブ兄弟社」と名づけた。
10ドルちょっと、すぐ支払い、支払った後、傘をさそうとして気づいた。
これがさっきの「?」の理由だったがお金を払った後であとの祭り。
傘の持ち手のすぐのところに大きく「New York」と掘ってあるんである。
うひゃー、かっこわる。
でも仕方ない、さして出かけようぞ。
店先で早速さしたら、手元の金具(おりたたんだとき、傘の先っぽを納める金具)
が早くも所定の位置から外れ、柄を行ったり来たりすることが判明した。
さすがアラブ兄弟、ええ加減な品物、置いとるなあ。
ま、いいや。
啓三のホテルは34にあって、それはペンステーションだから、赤の地下鉄に
乗らなあかん。赤はこっちや。あわてて歩く。雨。風。
交差点にさしかかった。
ニューヨークの人は、まず、信号を守らない。
ぼくも守らない。
交差点を小走りで駆け抜けようとしたその時、
一陣の風が。
と。
ぶわっ!
と、傘がまるで昭和のマンガのように、裏返って逆立ちした。
交差点の向こう岸に着き、傘を元に戻そうとするが、無意味に大きい
こともあって、全く動かない。下手すると傘の先っぽ(露先というんだそうだ)
が目に刺さりそうで、コワい。
雨。風。
いやになって、目の前の巨大ゴミ箱
(ニューヨークには街の至るところに巨大な
ゴミ箱があって、ゴミ箱のない日本から行った
ぼくにとってとても嬉しかった)
に捨てちゃった。
おのれ、アラブ兄弟め。
無事、帰国
無事、日本に戻りました。
いまどきニューヨークから成田へ向かう人なんかおらんやろ、せやから飛行機の
中きっとガラガラやで、と思ってたら、あにはからんや、結構物好きがいるみたいで、
外人さん含め、ファーストビジネスクラス、ほぼ満席でした。といっても、2席あるうち
各自が一人で占められるというくらいの満席だから、数字的には50%か。
乗ったのはコンチネンタル航空だけど、いまどきはファーストクラスというものは
なく、ビジネスと合体したようなもんで、要するに飛行機の先っぽにあるゴージャス
な席のことを、ファーストビジネスと呼ぶみたいである。
行きもそうだったけど、最新式の飛行機で、何がいいかというと、
水平になって眠れる。
成田からニューヨークへの便では、やっぱり50%の満席だったんだけど、
きっと日本にいるときは余震でみんな熟睡できなかったんやろね、ほぼみんなが
爆睡してたよ。
時々ゆらゆら揺れたけど、余震と違い、「そら、飛行機は揺れるよな。これは揺れていい
揺れなんや」
というかんじで、安心して揺られてた。
みんな、そう思いながら、寝てたんちゃうかな。
明日から、ぼちぼち、ニューヨークネタを書いていきます。
日記風に時系列にしてもおもろないので、「人」「事件」などにカテゴリーして
書くつもりですが、それより先に原稿書け、と編集者に言われそうなので、
原稿のカタついたら、書くね。
では!
建設会社も闘ってくれている!
以前一度このブログで紹介しましたが、その時は、公開許可をもらっていない
ということで、いったん公開をひっこめました。
ご本人から許可を戴いたので、あらためて、公開し、みなさんとシェアしたいと思います。
高校の同窓生MLで紹介されたものです。プライバシー保護のための伏せ字、
読みやすさのための改行などの措置はしましたが、他は手を入れていません。
(引用開始)
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T建設の▲▲です。
今、福島第一原発の南方約18kmの、広野火力の作業所事務所から
帰ってきました。
地震が発生したのは3月11日(金)。
この時は新宿の高層ビルの中におり、大変な揺れを感じ、恐ろしかった。
震源地が遠いため、横揺れが激しく、外を見ると近くの高層ビルが目に
見えて揺らいでいたのを覚えています。4年前まで東北の秋田で仕事をして、
同僚や作業員も東北出身者の多いため、安否確認が出来ずに苛立たしかった。
その後、3月15日に、福島第一原発の復旧の話が来ました。
具体的には、水素爆発した原子炉周辺のガラの撤去し車両の入れる状態にする、
電線ケーブル引き込みのための掘削、埋設、仮設動力のための軽油運搬、
放射線の水染のための水の運搬等です。
被災した東北支店ではなく、東京支店の私の部の仕事となり、
即座に社員の人選、物資の調達、業者や作業員の手配し、T社の社員7名と、
バックホウのオベ46名を現地に送りました。
1人1時間程度しか作業が行えないため、1時間交代となると
考えていました。
放射線量の制限値が250msVに変更されたり、白煙が上がって作業がストップ
したり、放水にため1晩中原発内で待たされたり、様々なことが有りました。
乗り込んでから約1週間の間、現場に配属した社員も、
東京で対応する災害復旧本部も、ほとんど不眠不休でした。
最初は詳しい状況も今ほどわからず、報道もされず、
電話の状態も悪い中での暗中模索の作業になりましたが、
関係者の頑張りと勇気によりやっと当初のミッションが峠を越したところです。
今になって作業員を増員させようとすると、「1日いくら」の話から
始めますが、最初に自発的に言った人たちは、明らかに「日本を救うため」
の気概と男気で自分の命を顧みずに突進していきました。
映画の「アルマゲドン」の世界でした。
すこしでも現地の環境を良くしたいと、昨日から現地に行き、様子を見て来ました。
広野の作業所に居ると、原発内で一晩仕事をして帰ってきた40代後半の私の部下
は、私の顔を見るなり泣き出して抱きついてきました。
放射性物質が体中に付いているので、すぐ周囲の仲間に引き離されてしまいました。
被爆量は幸い大したことは無かったですが、高い放射線の中に居る緊張感と不安感
は想像をはるかに超えるようです。
話を聞くと、ハイパーレスキューのアウトリガーが立ち往生して、最も線量の高い
3号機の前で時間を費やしたようです。結局車両は諦めたらしいですが、
「ハイパーレスキューを助けたら日本のヒーローになれたのに」
と悔しがっていました。
その後病院に行きました。
現地で働くことは辛いでしょうが、任命して、特別手当も無く働かせる側も、
涙が出るほど辛いです。
ここ数日、警察や消防隊のインタビューは有りますが、どうして我々建設業者の
話は出ないのでしょうか?
ポンプ車を設置するための場所の整地までして、
はるかに危険な作業をしているのに。一度誤報で、読売新聞がK社の名前を
書きましたが、実際居るのは、T社とH社(当初は)です。
ここ1月で様々な経験をしました。また改めて皆様に報告したいと思います。
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(引用終了)
当たり前に感謝する
マンハッタン・ユニオンスクエア北側のBarns and Noble書店は
ぼくにとってエンギのいい店で、
『Permission Marketing』と出会ったのはここだ。
そして今回も、本とのいい出会いがあった。
ヴァージニア・リー・バートンが1942年に書いたThe Little House。
翻訳されていて『小さいおうち』だったかな?
読んだ人も多いと思う。
ぼくは知っていたが、読んでなかった。
立ち読みし、まさにこの本の内容こそが、現代日本人が突きつけられている
テーマだと思った。その夜、The Nippon Clubで行われたセミナーで
紹介した。
こんな話だ。
美しい自然のど真ん中に、小さなおうちが建てられた。
おうちを建てた人は、
「この家は、どんなことがあっても
お金に換えない。
私のgreat-great-grandchildren’s great-great-grandchildrenが
ここに住むまでずっと生き続けてもらわなくちゃならないからね」
小さいおうちの周囲では、自然がいきいきと生きていた。
春が来て、南からひばりが戻ってくる。
木々や芝生が緑をこくし、子供たちは小川で遊んだ。
時は過ぎ。
小さいおうちの周囲は高層ビルが立ち並び、高架を電車が走り抜け、
車はびゅんびゅん飛ばす。
人は周りに気を使う余裕もなく行き過ぎ、空気は汚れ、鳥も、夜空の月も、
星も、見えない。太陽はわずかにお昼すぎに顔を出すだけ。
小さいおうちに住む人もいなくなり、薄汚れ、窓ガラスは破れ、いかにも
ボロ家の姿になってしまった。
最初に家を建てた人のgreat-great-granddaughterが家に気づき、業者を手配して
家ごと、自然豊かな場所へ移転してもらった。
小さなおうちに、また心の静寂が訪れた。
星はまたたき、新しい月は昇った。
時は春。
静かで心安らかな時間が戻ってきた・・・・
経済発展のゆきつく先が、大量の電力に頼り切り、水道の蛇口をひねれば清潔な水が
あふれ、その水を飲めばいいのに、ペットボトルの工業製品水を買って飲む。
食べ物はあふれ、「新鮮」を売りにするあまりガソリンを大量に使って、
コンビニへ小口配送したおにぎりは売れ残ったら廃棄処分。お弁当も、消費期限が
切れたら、処分。
一年中いちごやりんごが食べられ、スーパーの食品売り場から季節感がなくなって久しい。
夜はまるで昼間のように街中明るい。
この、「どこかおかしい」社会になってしまった日本に、
蛇口から水が出ること
空気を思いっきり吸えること
食べ物があること
太陽が沈んだら、休むこと
を、教えてくれているのが、今回のこの事態ではないか。
日常を、当たり前を、当たり前に過ごせることへの感謝。
この感謝を知った時、経済は質的転換をするのでは?
経済を止める必要はない。
止めてはいけない。
止めるのではなく、本当の意味で、質的転換を行い、
その中で、みんながそれぞれのハッピーを探す。
これこそが、いま、日本人が真剣に考えなければならないことではないか。
ゆきつくところは、
何をしていたらハッピーか?
私は誰(Who am I?)
という、根源的な問い。
そして、日本人は、人類に先駆けて、この問いに直面し、答えを導き出す
課題を背負った。
問いは、できる人に課される。
みんなで、乗り切ろう。
そして、世界に範を示そう。
動かし続けよう
葉山で贔屓にしている店、たとえばsweet tooth(地元でがんばるスイーツ屋さん→)
は、震災直後も普通に店を開いている。
ついさっきも行ってみた。節電で店内の照明を落としてはいるが、いつも通りの
ケーキやクッキーと、スタッフの笑顔が、迎えてくれた。
これですよ。
逆に、「震災のために、営業をお休みさせていただきます」
と、都内のショップやレストランなんかが休んでいたりする。
「あ。そんなもんなのね」
と思う。
「その程度の覚悟で、商売、やってんのね。人生、かけてないのね」
と。
そういう人って、本当は自分の商売のこと、好きじゃないんだろうなあ、と思う。
本物の商売人は、「止まると死ぬのじゃ」という発想をするものだ。
じっとなんか、していられない。
震災後、JOYWOWは参加者の安全を考え、ワークショップ2つ
(ゲンドラとfinding me)を延期したが、他は全部、いつも通りやっている。
メルマガ、コンサルティング、それに伴うミーティング、出張・・・
明日からぼくはニューヨークへ出かける。
日本脱出外国人で成田はごった返しているらしいが、そんなの、知ったことか。
いま、ぼくたちが一番やらなければならないことは、
経済を回し続けること。
止めちゃ、ダメだ。
商売人自ら止めるなんてことは、やっちゃいけないと思う。
経済を、回そう。動かそう。
*いま、ずっと気になっていた秋保温泉の主婦の店さいちに電話してみた。
佐藤啓二社長自らが電話に出られた。
店も、家族も、社員も、みんな無事とのこと。ほっとする。
16日に断水してしまったので、せっかくのお彼岸におはぎが出せなかった
ある商品だけでもお客様にお出しするために店は開けている。ただし、営業時間は短縮
し、今日も、ついさっき閉店した。
お米は地元農家からいいお米を戴いている。震災後も、入手できた。
水は31日まで断水の模様で、これが一番痛い。
こころから、応援しています、と、お伝えして、電話をきったのだが、佐藤社長、
さすがの商売人で、いきなりの電話にもかかわらず、逆に恐縮し感謝してくださって、
申し訳ないくらいだった。
佐藤社長、さいちの社員の皆さん、がんばってください!
希望のニュースをまとめよう!
テレビをつけると、いやになってしまうよね。
でも、TwitterやFacebookでは、あったかくなるエピソードがいっぱい語られている。
いまこそ、そう、いまこそ、世の中をあたためる
JOY (喜び)WOW(感動) HOPE(希望)
をみんなでシェアしたい。
今朝思い立ち、仕事を終えてすぐにパソコンにむかい、フェースブックで
専用ページを立ち上げました。
JOY WOW HOPE(→クリック!)
是非訪問し、「いいね!」をクリックして、投稿をしてみてください。
暗いニュース、気の滅入る話題は、もう、いい。
希望の灯をともそう!
自分で、非日常をつくるのはやめよう
被災から免れた人は、冷静になろう。
買い占め、買いだめなんて下品なことはやめよう。
せっかくの日常の幸せを、自分で非日常にしていることになる。
まだ起こってもいないことを心配するのは
パニックを引き起こす原因になる。
こういうときこそ、「ゆるみ力」。
あたりまえに朝を迎えられることに感謝しよう。
あたりまえの日常に、感謝しよう。
Clothes make the man
震災当日に届いた商品が三つあって、
•MacBook Pro
•映画のDVD 2枚
震災のごたごたで観ることができず、今夜、夕食の折に、ようやく時間がとれた。
テレビはめしがまずくなる映像しかやってないので、映画を観るにはちょうどいいのだ。
日本版タイトル「ジョー、満月の島へ行く」
原題「joe versus the volcano」(ジョー VS 火山 といったところ)
1990年作品。若きトム・ハンクス(まだ髪がいっぱいある!)とメグ・ライアン(一人三役!)
のゴールデン・コンビによるロマンチックコメディだ。
トム演じる主人公ジョーは、もう、どうしようもなくlousyな(くっだらない)仕事を
イヤイヤやっているサラリーマン。
人間性を疑いたくなる上司、暗いくらい職場、そして、どことなく「下流」な同僚の女の子(メグ)。
実はこのあたり、まさに当時のジョーの心象風景をそのまま表現している。
メグ・ライアン扮する三人の女性は、ジョーのこころの成長と共に変わっていく。
ジョーは、病気がちだ。
いつもどこか調子が悪い。
上司の課長が、言う。
「みんなどこか調子が悪いんだ! それでも仕事をしている。なのに何だお前は。
いつもどこか調子悪いと言ってる。子どもか」
東京の朝の通勤電車がこんな空気を出している。みんな疲れている。みんなどこか調子悪い。
みんなどこか「癒し」を求めている。
ジョーは医者に行くのが好きだ。
好き、というより、行かざるを得ないほど、精神的に追いつめられている。
医者は、告知する。
「脳に雲がかかっている。不治の病だ。もってあと6ヶ月だろう。しかし安心したまえ。
5ヶ月目に入るまでは痛みもない。ただ、雲が脳に広がって、体も参ってくる。
そして死ぬ。そういう病気なんだ。他は至って健康だ」
ジョー「ということは、こうですか。ぼくは、不治の病である以外は完璧に健康だと」
医者「そういうことだ」
そしてジョーは、会社を辞める。
「ぼくはここで4年6ヶ月働いた。しかし、本当に仕事したのは6ヶ月だけ、後の4年間は全く
時間の無駄だった。4年もだ!」
経緯は省くが、ジョーは南の島へ行くことになり、身支度のため、支給されたアメックス・ゴールド
カードで運転手つきのリムジンに乗る。
運転手が聞く。
「どちらへ参りましょうか」
「買い物に行きたい」
「どちらへ買い物に」
「服を買いたいんだ」
「どのような服でございましょう」
「さあ、わからない」
ここで運転手、車を止める。
「どうして車を止めるんだい」
「私は運転手として雇われましたが、あなたとクイズするために雇われたわけではございません」
「クイズ?」
「服はとても大事なものです(Clothes make the man)。なのにあなたは自分がどんな服を着たいか
おっしゃらない。私に推量させようとされる。これはまさにクイズです」
そして初老の運転手は、後部座席に移り、ジョーに向き合う。
ジョー「今夜は街に繰り出す」
運転手「高級なお店でしょうな」
「そうだよ」
「結構」
「明日LAに飛ぶ」
「ファーストクラスで?」
「そうだよ」
「結構」
「そしてその後、船旅で南の島へ行く」
「ハワイ?」
「誰も知らない小さな島だ」
「なるほど、一般の旅行(tourism)じゃないというわけですな。結構」
ここまで予定を聞き出して、
「ところで、現在お持ちの服はどのようなものを」
ジョー「いま着てるのと同じようなものさ」
「ないのと同じですな」
そして運転手は、ジョーの現在のシチュエーションにぴったり合う店へと
案内してくれる。
とっても気に入っているシーンだ。
Clothes make the man
のセリフが、特に印象的。
ジョーはつい昨日まで、やりたくない仕事を、イヤイヤやってきた。
そんな自分に満足していないし、きっと嫌いなはずだ。
服のテイストなんて聞かれても、答えられないのが自然だろう。
さて、この映画、最初に観たのはサラリーマンの時。
大いに独立への背中を押してくれた。
二回目に観たのは、独立し、ニューヨークへ渡った直後。
現地の宅配ビデオレンタル屋さん(何ていう店名だったか、ここまで出かかっているのに
出てこない。老人力だ)で借りた。字幕なかったので、あいまいに観てた。
そして今日が三回目だ。
一回目、二回目は、後半、ジョーが島へ行くあたりに関心が高かったが、今回は前半部分、
特に、くだんの初老運転手(いい味出しているんだ)とのやりとりとショッピングシーンが
楽しかった。
大震災や原発爆発で、ついつい下を向いてしまいがちな昨今だけど、そんな時こそ、
希望を持てる、素敵な逸品です。おすすめ!