Archive for 3月, 2010

post資本主義社会における環境問題

火曜日, 3月 30th, 2010

アメリカの週刊誌『The Nation』バックナンバーを読んでいたら、

新作ドキュメンタリー「Capitalism」についてのインタビューを

受けている。なかなか鋭いインタビュアーだな、と思って読み進めていたら

ナオミ・クラインだった。彼女は反グローバリズムの旗手として舌鋒鋭い

カナダ出身の反骨ジャーナリストである。

ニューヨーク時代、ナオミの『NO LOGO(邦訳 ブランドなんか、いらない)』原書表紙のかわいさ

(子どもの写真)に惹かれて入手したものの、一読、こりゃ危険な(笑)本やんけ! と驚いた

記憶がある。

しかし、ムーアもナオミも、資本主義を単純化し過ぎている気がしてならない。

彼女たちは、資本主義を決定づける要素を「ウォールストリートに代表される

資金」だけにフォーカスしているけれど、そうじゃないだろう。

もちろん、人間の強欲も重要なポイントだが、これも決定打とはなりえない。

どんな経済制度であろうと関係なく「人間は強欲だ」という論は成立するからである。

時代は既にポスト資本主義社会に入っていて、その中で決定的に重要な要素は

資金ではなく、生産設備でもなく、土地でも労働ですらない。知識だ。

知識こそが繁栄の基礎なのに、この点が完璧に欠落している。

あれ? どうしてこのブログにこの内容を書いているのだろう?(笑)

そうだ、ポスト資本主義社会における企業と環境問題の関係は、

知識の側面からアプローチしないと、解にはたどり着けないということが

言いたかったんだ。

ファミレスメニュー・シンドローム

月曜日, 3月 8th, 2010

一つの組織に一つの目標。

マネジメントの原理原則であり鉄則である。

ところが、環境保護の話になると、一つの組織が複数の目標を抱えていることが多い。

その点、NPOやNGOは明確である。一つの組織は一つの目的しか持たない。

ワイザーアース(→クリック!)を見ればよくわかる。

しかし、営利組織であるところの企業が「地球にやさしい活動」という時、

「あれもこれも」と まるでファミレスのグランドメニューのように盛り込むのは

実のところ、本気に取り組む気がないからではないか?

いや。

善意に解釈しよう。

日本人は真面目だから、「あれを入れるならこれも」と、盛りだくさんにしてしまう

のだろう。

また、基本、「環境」にリンクする活動をする組織はこの、「ファミレスメニュー・シンドローム」

に陥りがちだということを指摘したい。

一つの組織に必要なものは、一つの目標である。

あらためて。