Archive for 8月, 2009

[6-7]趣味であり仕事ではない

木曜日, 8月 20th, 2009

『NO LOGO』のつづき。

第10章「THREATS AND TEMPS」(邦訳書では「先進国の労働者いじめ」)

すぐ近くにあるライバルを出し抜いて、市場独占の夢を追う企業にとって

大切なのは、新規に出す店舗であって労働者ではない。そこで働く人

がブランド・イメージになる場合でもこれは同じだ。

「本部は私たちにギャップの広告に出てくる人たちのようである

ことを期待します。常にプロフェッショナルで、清潔で、かっこいい。

期待される当の本人はクリーニング代すらないというのに」

スターバックスで働くローリー・ボーナンは言う。つづけて、

「グランデ・モカ・カプチーノを2杯買ったら私の時給は消えてしまうのよ」

(原書p.239、阪本訳)

ブランド企業の成功物語の影にあるのは、ボーナンのような

「子ども料金」の労働者たちの苦しい生活である。

商品はBranded、つまり「ブランド創造に成功」したかもしれないが、

Branded Work、ブランド労働者たちの実態は、大人の労働(jobs)ではなく、

「趣味(hobbies)」と言ったほうが正鵠を射ている。

そしてこれはサードワールド(カンボジアやバングラデシュなど)の

労働者にとっても同じであり、ブランド企業に関係する労働者たちの

誰一人として、「大人が一家を構える」だけの収入に到達していない。

唯一、例外は、本部のエグゼクティブのみ。

[6-6]BRAND BOMBING

水曜日, 8月 19th, 2009

『NO LOGO』に戻ろう。

第六章タイトルは「BRAND BOMBING」。

brandbom

ブランド爆弾。

ナオミは、「ブランド爆弾」の章を、次のように書き始める(原著p.129を阪本訳)。

多国籍ブランド企業がいかに多様性(ダイバーシティ)を

強調しようとも、彼らの活動の結果生まれるのは、まるで同じ一つの

制服を着ているかのような画一的な若者たちだ。その姿はまるで

クローン(複製人間)。マーケターが言うように、クローンたちは

同じ服を着て、「グローバル・モール」(地球ショッピングセンター)

に続々と入っていく。

確かに。ぼくたちは地球どこへ行ってもGAPのTシャツを着、

お茶が欲しくなったらスターバックスでラテを注文、

iPodで両耳に栓して歩く。

これがグローバル・ビジネス帝国主義の実態だ。

[6-5]Shock Doctorine

火曜日, 8月 18th, 2009

(昨日のつづき)

そのナオミ・クラインがまた新しく、刺激的な提言をしている。

本の出版は2007年というから、ぼくとしたことが見落としていた。

関連インタビューをここで見ることができます(→クリック!)。

「恐怖を利用した経済改革」とはよく言ったもので、

ぼくは小泉政権時代に「善の象徴」として喧伝された「民営化」に

反対する立場を取っているのだが、上手に言語化できていなかった。

ナオミの言っていることがとてもぴったりくる。

経済の崩壊でもテロでも天災でも戦争でもいい、そのショックで社会が

抵抗力を弱め、人々が混乱して自分を見失ったそのスキを突いて、

為政者が都合の良いように経済改革を実行してしまうこと。

これをナオミは「Shock Doctorine」と呼び、本のタイトルにもしている。

ウィキペディアにまでなっている(→クリック!)。

現時点では未邦訳のようだが、訳すとすればぼくが訳すのが

良い気がしてきたけれど、圧倒的に時間がない。次の本の翻訳も決まっている

が翻訳する時間のねん出に苦労している現状だ。

はてさて、どうしようか。

[6-4]No Logo

月曜日, 8月 17th, 2009

ニューヨークのいきつけの書店で、かわいい子どもの表紙が目についた。

著者を見るときれいなおねーちゃん。

早速買って、読み始めたところ、いやはや、何とも過激な内容で、

びっくりした。大企業のグローバリズムへの攻撃の書だったのである。

そういう意味では、『祝福を受けた不安』の先輩的な書だ。

著者はナオミ・クライン(Naomi Klein)。1970年生まれのカナダのジャーナリスト。

本のタイトルは『NO LOGO』(邦訳は『ブランドなんか、いらない』(松島聖子訳、はまの出版)。

nologo

この本の第14章冒頭にユタ・フィリップス(Utah Phillips)の言葉が引用されていて、

それは『祝福を受けた不安』第六章扉と同じ言葉だ。

原文を引用しよう。『No Logo』では以下。

The earth is not dying, it  is being killed. And those that are killing it

have names and addresses. 

『祝福を受けた不安』では以下。微妙に違うが、意味は同じである。

The  Earth is not dying — it is being killed. And the people who are

killing it have names and addresses. 

夏だから、ブログもお休み

木曜日, 8月 13th, 2009
夏休みをいただきます。

再開は17 日の予定です。

みなさんも、楽しい夏を!

葉山マリーナにて

葉山マリーナにて

[6-3]安けりゃいいってもんじゃねーだろう

火曜日, 8月 11th, 2009

日本のジーンズは岡山発で、ぼくは誇りに思っている。

岡山には旭化成時代、仕事で長く行っていてなじみがあるし、

いままた、倉敷帆布プロジェクトでご縁ができたし、

そもそも倉敷美観地区や大原美術館が大好きだからでもある。

ところが、その岡山発ジーンズの老舗、ボブソンがブランドを

譲渡するという。背景には、ユニクロのg.u.を引き金とした

ジーンズの市場破壊があるのだろう。

「アメリカ人を代表する名前としてのボブが損するくらいに

素晴らしいジーンズを国産で作ってやるぜ!」と、

本家本元のジーンズ大国アメリカへ挑戦状を叩きつけ、結果を出した

その心意気、大好きだったのに、同胞のユニクロにやられてしまった

のは歯がみする思いだ。

聞くところによると、ユニクロは中国製の糸を使って、カンボジアで縫製している

という。グローバルビジネス帝国主義そのものの姿だが、はて、カンボジア工場の

労働条件はどうなっているのだろうか。サイトを見ても情報がないので、わからない。

「学校に行くひまがあったら、ファーストリテイリングの工場で働いて金を稼いで

こい、そのためにお前をここまで育てたんだ」

という、哀しいセリフを親に言わせるような、つらい状況になっていなければいいのだが。

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倉敷から岡山に向かう在来線にて。
腰からぶら下げているのが倉敷帆布製ケータイ入れ。
ぼくはお財布として使っています。
ジーンズはもちろん、g.u.なんていう
安物じゃないよーーだ。

[6-2]そこに生まれていた負

月曜日, 8月 10th, 2009

「新婚さんいらっしゃい」を見ていたら、大阪拘置所の看守さんが出ていた。

現在の収容人数を訊いてびっくり。2000人とのこと。相当な人数だ。

富は貧しい人からお金持ちに向かって坂を上って流れていく。

(p.220)

富の創出へ過度に焦点を当ててしまうと、逆に貧困の創出を見えづらくする。

国に社会福祉を改善するためには自由貿易を推進することが一番、と

米国ほど熱心に主張する国はないが、この方針はワシントン・コンセンサス

として知られている。米国にとっては皮肉なことに、イデオロギーとして「自由市場

主義」をいかに熱く信奉していても、その最も熱心な支持者が悲惨な目に遭って

いるのである。米国社会は、先進国中ワースト1の記録を持つ。その記録は、

発展途上国の中でも、多くの国よりも悪い。いかなる指標を当てはめても、

幸福度数において、米国は最下位だ。囚人数ナンバー1・・・・

(p.219)

普通の人が殺人し、普通の人がコンビニを襲い、若者の手本となるべき

有名人が麻薬で逮捕される。アメリカの話ではない。日本の現実である。

物質的な富の創出には成功したかもしれないが、そのネガの部分、

マイナスの創出もまた、実は相当大きなものが生まれてしまっている

のではないだろうか。ビジネスはそこに知らぬ顔を決め込むことはできない

はずだ。

[6-1]ビジネス1.0の守護神

日曜日, 8月 9th, 2009

今日から第六章「グローバル・ビジネス帝国主義」に入ります。

この章の原題は”We Interrupt This Empire”。

Weとはだれか。Empireとは何を指すのかを考えつつ読み進むと、

そこに広がるのは従来の世界観とは全く違うものの見方・考え方で

最初戸惑った。

たとえば、冒頭からWTO(→クリック!)が俎上にのぼる。

ぼくの知識では、WTOというのは「世界の味方」のはずなのだ。

ウィキペディアではこうなっている(→クリック!)。

ところが、ホーケンは、こう書く。

WTOのものの見方は、魚は魚であって、魚が捕獲されることで、

周囲にいるカメ、イルカ、または労働者にいかなる影響が及ぶのかに

ついては知ったことではない。

(中略)

 実際のところ、これの意味するものは、子どもを働かせる若年労働であり、

囚人労働であり、強制労働であり、標準以下の低賃金であり、悪条件の

労働環境である。目的としている、輸入を阻止する、という大義名分の

論拠とするにはあまりにひどい内容だ。

(p.223)

そして、こう結論づける。

WTOが守りたいのはビジネスと成長であって、人間でも環境でもない。

(p.224)

こうなるとまさにビジネス1.0の守護神といった役割だ。

放ってはおけない。

sunsetmo

2009年8月8日森戸海岸の夕焼け。

ビジネス1.0がこの美を壊すことを、ぼくたちは拒否しよう。

[5-12]問題解決型から価値創造型へ

土曜日, 8月 8th, 2009

アサザプロジェクト(→クリック!)

「100年後、トキの舞う霞ヶ浦・北浦を」をキャッチフレーズに

活動している。サイトの右を見ればわかるが、NECを始め、

さまざまな企業も参加している。

NPO法人アサザ基金代表の飯島博さんの言葉が印象的だ

(『地元学をはじめよう』吉本哲郎、岩波ジュニア新書、p.27、

太文字にしたのは阪本)

「霞ヶ浦をどうしようかと考えて、まずとにかく見てみようと、周囲を

三回歩きまわりました。そして見えてきたのはアサザでした。

活動するうえで大切なことは、中心のないネットワークをつくり、

自己完結しないで、つながってやることなんです。国土交通省も

漁協も農協も森林組合も学校も市町村も、それに私たちNPOも、

ひとつのテーブルで話しあえばいいんです。また、問題解決型で

取り組むのではなくて、価値創造型の取り組みが肝心なことです」

先住民族と企業の関係も、きっとこういうスタンスがあると、

明るい希望が生まれる気がする。

[5-11]展望は明るい

金曜日, 8月 7th, 2009

先住民族問題と言っても、日本人にはピン、と来ない人が大半ではないか。

しかし、たとえば、アイヌについての知識は、多くのヤマト民族にとって

ほとんど無いに等しい。そして、そもそもヤマト民族とは何ぞや? という

定義すら、実際にはよくわからないのではないか。

家系図がきちんとある家など、そうそうはないだろうし、

四世代前になったら、どこでどういう生活をしていたのかなんて、

親戚中探しても知っている人は少ないのではないか。

五世代前となると、もう、お手上げのはず。

だから日本は単一民族、などと、思わないほうがいいし、在留外国人が

減っている(たとえば不法在留外国人数はピーク時の93年29万8千人、

09年11万3千人)とはいえ、実際には外国人と一緒に働き、一緒に暮らす

ことが今後もますます増えていくだろう。

日本もバラエティに富んだ人種と共存する社会になることは

確実な流れだ。

こういう場合に範となるべき大企業は、その用意があるだろうか。

ぼくは「ない」と思っている。

むしろ、多民族、多文化をリードするのは、元気な中小企業だと

明るい展望を持っているのだ。