(昨日からのつづき)
シンガポール、チャイナタウン 1987
1987年2月。
一人旅の気ままな気分のおもむくまま、タクシー飛ばして、インド
人街、チャイナタウンを巡った。
タクシー車内のラジオでも、ホテルロビー階にあるラウンジで夜演奏される曲
でも、その頃シンガポールのあちこちで、映画『ビバリーヒルズ・コップ』
の主題歌「Heat Is On」が演奏されていた。
この曲、街で知り合った若者に聞いてみると、ブームなのだという。
あの映画はアメリカ1984年、日本では1985年公開だから、既にぼくにとっては
古いサウンドだったのだが、シンガポールに広まるまで、当時3年かかっていた
のだ。
現在ならこういった情報伝達の時差はほとんどないだろう。
チャイナタウンは当時すでに都市開発が激しく進んでいたが、それでも、
まだのんびりした古き良き街並みが残っていた。
道路脇で木製の長い椅子に腰かけ、ぼんやりしている老人がいる。
その「ゆるみ感」がぼくをその場に釘づけにし、動けなくしてしまった。
気がつくと、ぼくは老人の横に座って、話すともなく、一緒に空をながめていた。
2時間もそうしていただろうか。
「****?」
老人が話しかけてくる。しかし、言葉がわからない。
笑顔だから、咎めているわけではないのだろう。
笑顔を返し、黙ったまま、座り続けた。
次に気づいた時、既に辺りは暗く、日が暮れ始めていた。
当時のぼくは旭化成の建材部門に勤務する営業マンだった。
シンガポールは連休を利用して観光旅行で訪れていたのである。
西日本のうち中国五県をカバーする広島支店勤務で、営業担当エリアが
岡山、鳥取、山口の三県、毎日新幹線で飛び回る日々。
とにかく忙しく、たまに「強制オフ」しなければ息もつけない状態だった。
日本で営業マンをやっていた熱い帯電状態のままシンガポールに到着し、
結果、精力的にあちこち飛び回っていたというわけなのだが、今目の前に
いるチャイナタウンの老人の姿は、せっかく休暇旅行で来ているのに
「電源入れっ放し」の状態だったぼくの身体からコンセントを抜くような、そんな
脱力感を与えてくれた。
「一日がなぜ24時間しかないんだ! 赤ん坊や老人にも(この忙しい)ぼくと同
じ24時間が与えられているのは、不公平だ!」とまで考えていたぼくにとって、こ
の、日がな一日椅子に座っているだけの老人の「生き方」は、衝撃的だった。座
る以外、本当に何もしないのである。タバコをふかすわけでもない、新聞も読ま
ない。だれかと話すわけでもない。何かを観察するわけでもない。ただ、座って
いる。
ぼくは、この体験で自分の仕事の、さらには生きるということの在り方を見直すきっ
かけをもらった。
*本稿は、現在執筆中の書き下ろし『ビジネス2.0(仮題)』所収コラムから転載しています。
(つづく)