Archive for 7月, 2009

[5-5]シンガポール 1999

金曜日, 7月 31st, 2009

シンガポール、チャイナタウン 1999

1999年8月。

久しぶりに訪れたシンガポールで、ぼくは何をおいても

チャイナタウンに行かなければ、と、タクシーを飛ばした。

そこにあるのは、かつて見たチャイナタウンではなく、

極めて近代化された都市だった。

椅子に老人が日がな一日座ってのんびり過ごす、という

ような景色は見られなかった。はっきり都市化されていた。

1987年当時は「コンセントを抜く」ことのできた

シンガポールだが、帯電したまま、ぼくは、日本にいる時

と同じ「ON」の身体で立っていた。

休暇で来ていたのに、モードが休暇にならず、結局、

滞在中『Permission Marketing』翻訳の仕事ばかりやっていた。

*本稿は、現在執筆中の書き下ろし『ビジネス2.0(仮題)』所収コラムから転載しています。

(つづく)

[5-4]シンガポール 1987

木曜日, 7月 30th, 2009

(昨日からのつづき)

シンガポール、チャイナタウン 1987

1987年2月。

一人旅の気ままな気分のおもむくまま、タクシー飛ばして、インド
人街、チャイナタウンを巡った。

タクシー車内のラジオでも、ホテルロビー階にあるラウンジで夜演奏される曲

でも、その頃シンガポールのあちこちで、映画『ビバリーヒルズ・コップ』

の主題歌「Heat Is On」が演奏されていた。

この曲、街で知り合った若者に聞いてみると、ブームなのだという。

あの映画はアメリカ1984年、日本では1985年公開だから、既にぼくにとっては

古いサウンドだったのだが、シンガポールに広まるまで、当時3年かかっていた

のだ。

現在ならこういった情報伝達の時差はほとんどないだろう。

チャイナタウンは当時すでに都市開発が激しく進んでいたが、それでも、

まだのんびりした古き良き街並みが残っていた。

道路脇で木製の長い椅子に腰かけ、ぼんやりしている老人がいる。

その「ゆるみ感」がぼくをその場に釘づけにし、動けなくしてしまった。

気がつくと、ぼくは老人の横に座って、話すともなく、一緒に空をながめていた。

2時間もそうしていただろうか。

「****?」

老人が話しかけてくる。しかし、言葉がわからない。

笑顔だから、咎めているわけではないのだろう。


笑顔を返し、黙ったまま、座り続けた。

次に気づいた時、既に辺りは暗く、日が暮れ始めていた。

当時のぼくは旭化成の建材部門に勤務する営業マンだった。


シンガポールは連休を利用して観光旅行で訪れていたのである。

西日本のうち中国五県をカバーする広島支店勤務で、営業担当エリアが

岡山、鳥取、山口の三県、毎日新幹線で飛び回る日々。

とにかく忙しく、たまに「強制オフ」しなければ息もつけない状態だった。

日本で営業マンをやっていた熱い帯電状態のままシンガポールに到着し、

結果、精力的にあちこち飛び回っていたというわけなのだが、今目の前に

いるチャイナタウンの老人の姿は、せっかく休暇旅行で来ているのに


「電源入れっ放し」の状態だったぼくの身体からコンセントを抜くような、そんな

脱力感を与えてくれた。

「一日がなぜ24時間しかないんだ! 赤ん坊や老人にも(この忙しい)ぼくと同


じ24時間が与えられているのは、不公平だ!」とまで考えていたぼくにとって、こ

の、日がな一日椅子に座っているだけの老人の「生き方」は、衝撃的だった。座

る以外、本当に何もしないのである。タバコをふかすわけでもない、新聞も読ま

ない。だれかと話すわけでもない。何かを観察するわけでもない。ただ、座って

いる。

ぼくは、この体験で自分の仕事の、さらには生きるということの在り方を見直すきっ


かけをもらった。

*本稿は、現在執筆中の書き下ろし『ビジネス2.0(仮題)』所収コラムから転載しています。

(つづく)

[5-3]物質主義的価値観への懐疑は

水曜日, 7月 29th, 2009

 西洋人の、自分たちは優れた文化の中にいる、という偏見の根拠は、

自分たちに都合のいい根拠を選択した場合のみ通用するものだ。

人はすべて西洋的価値観にひれ伏したいと望んでいるなんて

考えるひまがあるのなら(そして、地球上にはびこる、物質主義的

価値観の奔流に人類全員飛び込みたいと願っているなんていう、

どだいあり得ない可能性を信奉するくらいなら)、言語の喪失を、

もう一つの環境破壊の指標としてとらえるほうが賢明だ。

(p.177)

地球上にはびこる物質主義的価値観。

ありていに言ってしまえば

「幸せとは、お金をたくさん持つことで得られる」

という哲学であり、人生観であり、世界観である。

ぼくの中で、この考えに疑問符がついたのは、1987年に

シンガポールへ旅したときがその始まりなのかもしれない。

(つづく)

[5-2]言語の危機

火曜日, 7月 28th, 2009

言語には息をのむような複雑な美が存在する。美学的、かつ知的な

資産が目には見えない音の多層の中に含有されているのである。

(p.175)

日本語の方言も、消失の危機にある。

例えばアイヌ語。話し手が15人。これでは言語としての成立は

非常に危うい。ほか、沖縄の八重山語、与那国語なども重大な危機に

陥っている。

詳細は、ここをご覧ください(→クリック!)。

対して、現代日本の言葉。

ますます乱れてしまっている。

「~になります」は、地方の土産物店の高齢者のおばさんまで

使うし(若者向け接客用語として理解しているのではないか)、

へんてこなメールは数知れない。

話しかけても単語の返答しかできず、こっちがインタビューしなければ

さっぱり要領を得ない人が増えてきている。

何しろ、漢字の読めない人が首相をしている国なのである。

最も危ないのは、方言どころか、現代日本語なのかもしれない。

[5-1]村上春樹ブームの意味

月曜日, 7月 27th, 2009

今日から第五章「先住民族」に入ります。

 世界にはさまざまな地域があり、生物種も多様だが、言語もまた

同時に多様だ。しかるに、種の消滅よりも加速して、多くの言語が

消えているのである。西洋人による征服以来、世界の半分の言語が

消失した。そして現存する「使用され生きている言語」もまた、

3,000以上の言語が絶滅の危機に瀕している。全体で362種の

鳥類や動物が危機に瀕し、438の言語が、僅か50人に満たぬ

話し手しか持たない。アメリカ大陸を始め、世界中の現存する

約6,800の言語が存亡の危機に瀕し、何とか生き残ろうとしている。

(翻訳書p.173-174)

先住民族の問題は言語の問題でもある。

話は飛ぶように思われるかもしれないが、村上春樹が日本はもとより、世界中で

読まれている「意味」は、一つには、「言語の消失への歯止め」ではないだろうか。

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日本語だけに限ってみても、漱石を楽に読める人がだんだん減ってきているはずだ。

『坊つちゃん』でさえ、危ういのではないか。

にもかかわらず、マイナー中のマイナー、それこそ、B面特集が組まれたとしても

落ちてしまいそうな『坑夫』なんて本が読まれ始めるというのは間違いなく

『海辺のカフカ』の影響だろう。

ちっともポップじゃない装丁の岩波文庫『サハリン島』(上下、チェーホフ)なんて

本、普通はだれも手を出さない。それが『1Q84』のおかげで、岩波書店が

5,000部の大増刷をした。

『カラマーゾフの兄弟』も、やたら長い小説で、ぼくの『HOPE!』さえ通読できない

読書力の低くなっている日本人が手に取るきっかけは、やはり『1Q84』の力は

小さくないだろう。

清水幾太郎『論文の書き方』(岩波新書)を軽いハウツー本だと思って買って、

読めない文字、読解できない文章に「論文の書き方の読み方がわからない」

と落語のような愚痴が出るのが現代日本人の国語力なのだ。

清水幾太郎ほど、わかりやすい練達の文章家はいないはずなのだが。

ぼくは村上春樹ブームを、こう見ている。

[4-6]水没する街を考える哲学

日曜日, 7月 26th, 2009

草津温泉が大好きで、だいたい三か月に一回は訪れている。

車で行くのだが、そのたびに、道中、巨大な橋げたの工事現場を通る。

高速道路かそれとも新しい鉄道か、と同道の仲間たちと話していた

のだが、ようやくわかった。

悪名高き八ツ場(やんば)ダム(→クリック!)だ。

調べてみるとこのダム計画は、何と1949(昭和24)年に立てられたもの。

ダムが完成すると、川原湯温泉がすべて水没してしまう(→クリック!)。

そうなると、車中で「あれはまんじゅうだ、いや、かりんとうだ!」と

楽しい議論の的になっていたかりんとう饅頭を製造販売していた

お菓子屋さんも水底に沈むことになるんじゃないだろうか。

そんなのって、アリか?

こういうダムの問題になると、日本人のマインドの習性として、

「そこの住民以外は実質的に利害関係がないのだから、口出ししないで

欲しい」という地元住民からの圧力がかかることだ。

しかし、ですね。

あの山や、川や、空気や、緑の景色、そして、空のかたちは、何も

地元住民の独占するべきものではないよねえ。

どのような尺度を当てはめてみても、あのダムをいま作らないとやっていけない

合理的な理由が見当たらないのだが。

このような環境問題を解決する思想なり哲学なりのバックボーン、

ないものか。ないなら、ぼくたちが作らないといけないのだろうね。

beautifulkura

写真は美しい倉敷・美観地区。先週行った折、ケータイで

撮影して、画像をそのまま残し、時々眺めている。

水と緑。こころがなごみます。

そしてこの風景、地元の人の誇りであり、

みんなの大切な財産だよね。

[4-5]POPカルチャーが日本人を育てた

土曜日, 7月 25th, 2009

既に書いたように第四章は、運動の思想的系譜について考察し、その源流を

エマソンにみている。

日本はどうだろうか。

新聞やテレビで「運動(ムーブメント)」をいうとき、必ず引き合いに出されるのが

60年安保や全共闘といったワードだけれど、それだけではないように思う。

立川直樹『TOKYO1969』(日経)を読むにしたがい、この思いは強くなり、

どうやら現代日本人のいわゆるエポックメイキングな眼というものを開かせて

くれたのは、思想だけではなく、むしろPOPカルチャーなのではないか、と

思う。

ジュリーが中性的な魅力を提案し、松田聖子が働く女性のあり方を示し、

浜崎あゆみが渋谷系ファッションにお墨付きをし、そしてストーンズが

かっこいい抵抗の方法を「身をもって」体現してくれた。

そしていまでも現役で、見せつづけてくれている。

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YAZAWAがツッパリとビジネス、そして成り上がり欲を化合してみせた。

哀川翔も「アニキな生き方」を提示した。

雀鬼・桜井章一は麻雀代打ちという、ダーティな世界から、「人間本来のあり方」

を示す第一級のグルとしての背中を見せている。

未来の大人たちにとってそれは『崖の上のポニョ』かもしれないし、

『ヱヴァンゲリヲン』かもしれない。

少なくとも日本人の思想の底には、ポップカルチャーが

間違いなく、流れている。

実は、見逃してはならない、重要な日本史なのだと思う。

[4-4]’savant’の訳について

金曜日, 7月 24th, 2009

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第4章の原題は「Emerson’s Savants」。

このsavantの訳に苦労した。もともとフランス語から由来した

英語。

英和辞典では「大学者」といった意味が掲載

されているが、これでは何のことやらわからない。そこで

オックスフォード英英辞典で調べると

1. a person with great knowledge and ability

とある。うーん、これでもホーケンの意図ではない。

そこで、2番目に書いてある意味を見てみる。

2. a person who is less intelligent than others but

who has particular unusual abilities that other

people do not have

これだ! と思った。4章では、非暴力主義と抵抗運動の

歴史が述べられていて、その思想的系譜をエマソン以来

ソロー、ガンジー、と見ていくのだが、その底流に流れている

のは、いつの世でも悩ましい一つのテーマである。それは、

抵抗するのに暴力は正当化され得るか?

だ。エマソン、ソロー、ガンジー、パークス、キング牧師・・・

歴史の先人たちも悩み、行動した。

賛成できたり、できなかったりの意思決定を彼らはしている。

その「凸凹」さへの愛を、ホーケンの筆に、ぼくは感じる。

そして、シンパシーも感じる。

そこを表現するために、敢えてニュートラルな章タイトルの翻訳に

した。「エマソン、そして思想を受け継ぐ者たち」と。

*写真は倉敷美観地区です。本文とは関係ないけど、きれいだから。

[4-3]投票用紙という武器を使おう!

木曜日, 7月 23rd, 2009

エコカー減税や家電のエコポイントといった一連の「エコ」施策。

気に入らないのは、「ほんまにそれがエコなんか?」と疑問符が

つくような製品を「買わせる」ことによってご褒美にポイント

や現金をあげよう、と「お上」が上から目線で言っているような、

そんな気がするからだ。しかも大企業寄りの発想で。

大型デジタルテレビやエコカーを買うお金は、厳しい労働条件の

もと、汗水たらして働いて、ようやく得たお金。

でも、そんな政府を野放しにしてきたのはだれあろう、ぼくたち有権者

なのである。

ホーケンは言う。

一つ確かな方法は、小さく考え、品位を保ち、地域に根ざした発想をすることだ。

(翻訳書p.161)

できることは何か。

一番近いのは、来月に行われる衆議院総選挙だ。

これからたっぷり夏の間、立候補者たちの政見を、目を皿のようにして

読み、話を聞き、わがことに置き換えてじっくり考え、投票の準備を

しよう。

投票用紙こそが、何よりも強力な、ぼくたちの武器なのである。

[4-2]行動する人間の思想的系譜

火曜日, 7月 21st, 2009

先週はずっと出張に出ており、更新ができませんでした。

翻訳書も持ち歩いていたのだけど、パソコン画面の前に辿りつけない

状態が続いたので、書けませんでした。今週も、明日からまた出張

のため、更新はおそらく今日だけの予定です。

ゆっくりやりますので、ゆっくりおつきあいください。

さて

ネット時代になって、ネット以前には予想していなかったことは、

人と人が見えないリンクでつながっていることだ。

ネットが出現したとき、ぼくたちは主にネットでビジネスをどうやっていくか、

に気を取られてしまっていたが、実のところ、ネットは人と人をつなぐ

Human Webこそがその本質なのではないか、と今は思い始めている。

企業さえ、いわゆる’value webs’や ‘ecosystems’群中の棲息生物と

捉えたほうがわかりやすい。だから、一社で市場支配という幻想は

もはや、あり得ないのである。

ホーケンが第4章で描こうとしたのは、「行動する人間」の思想的系譜

である。

エマソン→ソロー→ガンジー→ローザ・パークス→キング師

これらの人々の中で、実際に面識があったのはエマソンとソロー

だけである。しかし、根底に流れる思想は、受け継がれている。

「世界に投げ込まれ、世界に参加することに意義を見出す」

エマソンのこの思想こそが、現在世界で起こっているムーブメントの

祖となるものなのだ。