今日も、原文テキストに沿って考察を進める本ブログの
流れとは少し離れるが、別のことを書いてみよう。
このブログ、原文テキスト通りに進めているので、最終章の8章が
終わると、必然的にブログそのものの存在意義が消える。
だから、書くことがなくなったらブログも終わるのである。
終わったら、どういう扱いにしようか、決めていない。
Webの中の記念物扱いで残すのか、潔く削除してしまうのか、
そのへんはいざその時になってからの気分で決めようと
思っている。
さて、今日は、「Blessed Unrestをぼくが翻訳するようになった意味」
について考えてみたい。
本人が意識している意味は、著者ポール・ホーケン
へのリスペクトなのだが、しかし、ホーケンは常に前進している人で、
その前の翻訳『ビジネスを育てる』とはまるで違う。それはそうで、年代も違う
から仕方ないのだが、実質一つ前の共著『自然資本の経済』とも全く
違うのである。文体そのものからして違う。いやはや、『Blessed』の文体は
はっきり言ってしまえば、晦渋そのものであり、これまで数かず翻訳
してきた原書の中でもベスト1に堂々ランキングされるほどの難物だ
(ちなみに2位は『ブランド・マインドセット』)。
しかし、新しい思想は新しい語彙と文法を必要とするのであり、
その意味では、本書はホーケンによる壮大な実験といえる。
また、アプローチも新しい。
環境をテーマにしていながら、なぜ歴史的アプローチをしているのか、当初
は全く理解できなかった。
ただ、「ぼくが翻訳する意味」という観点から論を進めると、やはりいまとなっては
理解できるのである。
というのも、ホーケンは、本書で、「イデオロギーやだれか一人のカリスマで
地球を動かすようなことはないよ」と言っている。人類史は長く覇道の歴史で
あって、だれか一人の「アブラギトギト」の野心家か、あるいは、洗脳されまくった
グループが「人々のためになる」というイデオロギーのもとに何とか世界を
モノにしようとしてきた歩みだ。そしてそれらの歩みはことごとく失敗
している。
そして。
ちょうど翻訳に精を出しているそのとき、ぼくはビジネス2.0を提唱し始めた
頃である。
しかし、ビジネス2.0というのも、まあ、言ってみればイデオロギーと
言えるのである。
「世界にJOYとWOWを」というわが社のビジョンを、では、実行するのは
JOYWOWという会社とコンサルタント「だけ」なのか?
というと、明らかにそんなことはない。
それくらいは、さすがのぼくでもわかる。
しかし、では、だれと手を組むとか、だれと何をするのだろう、となると、
いまひとつ、絵が見えていなかった。描き切れていなかった。
それが、「ボトムアップの運動」という鍵をもらったとき、「JOYWOW大使」
というコンセプトを得たのだ。
ぼくが大いなる勘違いをして、ビジネス2.0というイデオロギーのもと、
おかしな方向へ走らないよう軌道修正してくれた。
翻訳の、ぼくにとっての意味の一つは、ここにあると思っている。