post資本主義社会における環境問題

アメリカの週刊誌『The Nation』バックナンバーを読んでいたら、

新作ドキュメンタリー「Capitalism」についてのインタビューを

受けている。なかなか鋭いインタビュアーだな、と思って読み進めていたら

ナオミ・クラインだった。彼女は反グローバリズムの旗手として舌鋒鋭い

カナダ出身の反骨ジャーナリストである。

ニューヨーク時代、ナオミの『NO LOGO(邦訳 ブランドなんか、いらない)』原書表紙のかわいさ

(子どもの写真)に惹かれて入手したものの、一読、こりゃ危険な(笑)本やんけ! と驚いた

記憶がある。

しかし、ムーアもナオミも、資本主義を単純化し過ぎている気がしてならない。

彼女たちは、資本主義を決定づける要素を「ウォールストリートに代表される

資金」だけにフォーカスしているけれど、そうじゃないだろう。

もちろん、人間の強欲も重要なポイントだが、これも決定打とはなりえない。

どんな経済制度であろうと関係なく「人間は強欲だ」という論は成立するからである。

時代は既にポスト資本主義社会に入っていて、その中で決定的に重要な要素は

資金ではなく、生産設備でもなく、土地でも労働ですらない。知識だ。

知識こそが繁栄の基礎なのに、この点が完璧に欠落している。

あれ? どうしてこのブログにこの内容を書いているのだろう?(笑)

そうだ、ポスト資本主義社会における企業と環境問題の関係は、

知識の側面からアプローチしないと、解にはたどり着けないということが

言いたかったんだ。

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