男塾新章特集⑤『強い思いを宣言する』
いよいよ今週末に迫った男塾新章の最終回。テキストの1ページ目には『強い思いを宣言する』と書いた。企画力の章の基礎編は、「企画とは?」と題して企画書に書かれるべき事柄について解説している。その筆頭に持ってきたのが「強い思い」というわけ。そこで今日はね、今回の新章『企画力・プレゼン力・実行力を磨く』に込められたオレ自身の思いを書いてみようと思う。なぜ、今回、「企画」に関連するキーワードを選んだのか。なぜ、いま企画力が求められるのか。そのあたりを伝えたいな。
いよいよ今週末に迫った男塾新章の最終回。テキストの1ページ目には『強い思いを宣言する』と書いた。企画力の章の基礎編は、「企画とは?」と題して企画書に書かれるべき事柄について解説している。その筆頭に持ってきたのが「強い思い」というわけ。そこで今日はね、今回の新章『企画力・プレゼン力・実行力を磨く』に込められたオレ自身の思いを書いてみようと思う。なぜ、今回、「企画」に関連するキーワードを選んだのか。なぜ、いま企画力が求められるのか。そのあたりを伝えたいな。
先週の土曜日、8月29日(土)に男塾新章を開催しました。今回は、男塾始まって以来、参加者が全員男性という、まさに男たちによる男のための男塾となった。楽しみにしていた「本気で創った企画書」も、みなさんご持参いただけました。内容も、ほんと素晴らしかったですよ。自分が著者の書籍の企画、世界初のソフトウェアの企画、新しいビジネスのためのウェブリニューアル、極め付きはパチンコホールのイベント企画! まぁ、塾長という立場も忘れて、本気で楽しませていただきました。今日は、そんな男塾第四章の実況中継、参加者のみなさんからのフィードバック、テキストの目次なんかを一挙に公開しちゃおうかな。
「男塾新章特集」の①と②では、企画の発想に欠かせない「アウトプット」や「経験」について書いた。まぁ、いうならば、発想の前段階ってところだね。前段階だけど、ものすごく大切なことだから、多くの言葉を費やして解説してみたというわけ。でもって、今日はいよいよ、「発想」そのものに迫ってみたいと思う。オレは若いころからこれが好きでね。まぁ、楽しいというか、ワクワクするというか、とにかくやめられないって感じだね。
よく、「アイデアを出すのが苦手」という人がいるけど、きっと自分の中に発想を邪魔するいろんな要素が溜まっているんだと思うな。まぁ、スポーツでいうところの、運動神経の差みたいなものは確かにあるかもしれない。でも、自分を発想しやすい状態にして、思考の焦点を定めれば、だれだってミラクルなアイデアを生み出せると信じているよ。
ひさしぶりに、たくさんのコメントありがとうございます。でも、コメントをいただいたというより、「こうして応援してるんだから、しっかり書いてね!」と叱咤激励されているような気分だねぇ。はい、ご期待に添えるよう、がんばります! まずは、みつるんるんさんから。「スポーツを含めた社会全体が、競輪の世界のようなしくみになるといいなぁと、zonoさんのコラムを読みながら再認識しました」。うん、素晴らしいねぇ。60歳で現役かぁ。「勝つ」「一番になる」という価値観とは別の「あり方」さえあれば、いくつになっても自分の好きな世界で仕事ができるはずだよねぇ。誕生日のメッセージもありがとう!
次は、うーん、Yutaさん。ひさしぶりですねぇ。「インプットの長い過程まで視野に入れると、企画は自分の人生と常に併走しながら熟成されているもの、自分の延長のようなものに思えました」。相変わらず、深くてうれしくなってしまう言葉だよね。そうなんです。企画とは生き様なり。ごまかせないんですよ。日々をどんなふうに生きているか、その時点で準備は終わっている。勝負の瞬間(発想の時)は、自分の生きてきた道のりを信じて、ひたすら出しまくるのみ。だから、楽しいんです。あと、スカートめくりの話ね。オレなんて、もう、気に入った女の子がいたら、片っ端からめくりまくってたからねぇ。あのころに子供でいてよかったと思うよ。ほんと、世知辛い世の中になってしまったもんだと悲しくなります。また、素敵なコメント送ってくださいね。ありがとう!
最後はTaizo16さん。こちらも、おひさしぶりですね。しかも、質問だね? 「ただ”あらゆる経験”というのは、相当意識していないと、偏ってしまうと思います」。ほぉー、深そうだね。「Zonoさんは、その偏りそうな経験を防ぐためにどのようなことをすればいいと思われますか?」。なるほどね。経験の偏りかぁ。これ、おもしろそうだから、今日のテーマにしちゃおうかな。企画とも深く関わっているような気がするしね。「直感とは経験から導き出された、もっともソフィスティケートされた答え」。では、その経験とはなにか? 企画を発想するための引き出しみたいな、こいつに焦点をあててみるよ。
みなさん、おひさしぶりです。このブログ、とてもながーい夏休みを取っていたということで、お許しくださいね。今日から、またバリバリ書いていきます。そうそう、8月9日に開催の男塾 第二章『プロフェッショナルの流儀』の参加いただいたみなさん、本当にありがとうございます。今回は、取締役社長や、支店長、マネージャーなど、管理職の方ばかりで、かなりレベルの高いセッションになりました。オレもほんと、勉強になりましたよ。
さて、再来週の土曜日から、いよいよ男塾新章のスタートです。今回のテーマは『企画力・プレゼン力・行動力を磨く』。なんといっても、企画書持ち込みが宿題になっている実践編だからね。オレも、いまからものすごく楽しみですよ。というわけで、今週から来週にかけて、新章の特集ということで書こうと思う。最初は、そうね、企画の話から行きますか。
ちょっと間を空けてしまいました。また、がんばります。さて、これまでの『プロフェッショナルの流儀』特集で、厳しいプロ道について書いてた。読者の方々から、「なぜ、そこまでやらなきゃならないのか?」って質問も聞こえてきそうだね。すでに理由の多くは書いてしまっているのだけど、オレの中にはどうしても譲れない「仕事の掟」がある。自分自身に課している掟ね。
どこかで学んだのか、だれかにそういわれたのか、確かなことはまったく覚えていないのだけど、それはもう若いころからずっと守り続けてきた掟なんだね。こいつがあったおかげで、いまの自分があると思っているし、プロとして仕事をする喜びや感動を味わえてきたんだと信じている。今日は、こいつについて書いてみようかな。これまで見えなかった「世の中の本当の仕組み」なんかも発見できるかもね。
いやー、読者の方々というのは本当に正直だよね。だませないし、ウソつけない。というのもね、昨日の「フリーランス」に関する話はね、自分でもひさしぶりによく書けたと思ってたのよ。そしたら、いきなり2つもコメントいただいたものね。やっぱ、みなさん見る目というか、読む目があるね。スゴイや。
やすさんは初めましてかな? 「ZONOさんが、編集長時代の雑誌、毎号楽しみにしてたものです。なので、今回のコラムすごい面白かったです」。まぁ、ステキ! 愛読者の方だったんですね。やすさんみたいな方がたくさんいるだろうと思って、徹夜でがんばっていましたよ。報われるねぇ、ほんと。「がんばろう!って思いました。なので、がんばります!」。これがオレにとっての最高のご褒美ですよ。昨日の夜、あの話を書きながら、「こんなハードな話、わかってもらえるかな? だれか1人でもいいから、“がんばろう!”と思ってくれる人がいればいいけど」なんて思っていたのよ。そしたら、直球でそれが返ってきたんだからね。うれしいね。
それから、しんさん。おひさしぶり! 「全体を俯瞰する力と、細部に気遣う細かさと両方に意識が向き、まるで”ハンター”のような感覚が自然に身につくかと」。うん、いいねぇ。「ハンター」ね。まさに、プロフェッショナルにふさわしい言葉だね。これ、ちょっと使わせてもらおうかな。使用料は今度、お会いしたときになにかの形でお返しします。あとね、「ページの分量ですが、僕はいつものこのくらいのページ数の方が読み応えがあって、考える視点が増えるのでこちらの方が好きです」。そうだよねぇ。オレもそう思うよ。いろんな意味で勇気づけてもらって、ほんと、元気になりました。やっさん(なんとなくそう呼びたい感じ)、しんさん、ありがとうね!
33歳のときだった。それまで、音楽一筋で生きてきたオレは、すべての楽器とレコード、CDを売り払い、IT雑誌の編集者に転身した。「なんで?」と聞かれると、それはもう語り尽くせないほどのいろんなことがあるから、ここでは思いっきり省略したい。とにかく、音楽家から編集者へ、フリーランスから会社員へと人生が大きく変わってしまったというわけ。
そうね、かみさんも含めて、周りの人は「間違った選択」と思っただろうね。ズブの素人で33歳の年齢でしょ。いきなり編集っていったってうまくいきっこないと予想するのが普通だよね。オレも実のところ、自信や確信なんてまったくなかったよ。ただね、なんとか自分の人生を修正しなきゃという思いのみだった。なんというか、真っ暗闇の中をさらに目隠しして歩いているような、なんともおぼつかない感じだったね。
会社の福利厚生かなんかで、「来週の金曜日、社内ボーリング大会をやります!」って案内がメールで送られてきたとする。あなたはどんな反応をするか? 「うぉー、めっちゃ楽しみー」といえる人はどのくらいいるかな。まずいないよね。つーか、いなくてあたりまえ。オレだって「だりぃーなぁ」と思っちゃうもの。できれば、参加せずにすませたいのだけど、協調性のないヤツと思われるのもシャクでしょ。困っちゃうよね。じゃあ、どうして、社内ボーリング大会を心から喜べないのか。今日はここから始めてみようね。
答えは簡単ですよ。「ぬるそうだから」だね。おそらく、目的は「社内の親睦を深める」みたいなものだろうから、そもそもぬるくていいんだろうけどね。勝っても負けても、得られるものも失うものも少ないってのが気にいらねぇやな。もしね、そのボーリング大会の優勝賞金が100万円だったらどうよ。それもね、参加者全員が1万円ずつ出し合うのよ。で、1位のヤツが総取り! これなら燃えると思わない? 他の人はどうか知らないけど、間違いなくオレなら「本気」になるね。
そう、この「本気」ってやつが、仕事を楽しくするかつまらなくするかの鍵なんだね。
ところがね、会社とかの現場に行くでしょ。そこでこの「本気」に出会うことって本当にまれなんだよね。なんでだと思います? おそらく、多くの人の頭の中で「本気=損」って公式がインプットされているからじゃないかとオレは思うわけ。おもしろいでしょ? でも、間違いなく「本気」という言葉や行動にネガティブなイメージを持っている人のほうが多いと思うな。
学校でも会社でもなんでもいいのだけど、なにかに本気になるとするでしょ。勉強、スポーツ、仕事、音楽、絵画、書道、ソロバン。恋愛もそうかな。その結果、なにが起こるか。「人より頭ひとつ飛び出る」んだね。もっというとね、ある平均的な和があるとするでしょ。本気のヤツはそいつを乱してしまうわけ。「そこそこ」って意識の集団、「中流」って意識の集まり、「みんな同じくらいの能力」って教室。そういう、ある意味、平和なバランスの中に、ポツンと「異邦人」が現れたような感じね。
そうするとなにが起こるか。「出る杭は打たれる」ってヤツだよね。せっかく、穏やかに暮らしていた住民から一斉に「やっかみ」や「ねたみ」のエネルギーを放射されて、村八分やらシカトやら、ひどいときには追放なんて目に遭ったりもする。そんな目に一度でも遭おうものなら、「本気になるなんて、とんでもない」って学習をしてしまうよね。当事者じゃなく、それを見ていただけの人も、「明日は我が身」とばかりに本気に近寄らないようになっちゃう。
別のパターンもあるよね。運良く、「本気」に寛大な集団があって、その中でなにかに一生懸命、取り組めたとする。ところが、この世は不思議なものでね、本気でやればなんでもうまくいくかというと、決してそうではない。失敗したり、思うような成果が出せなかったりすることも多々ある。で、「ああ、あんなにがんばったのに、どうして結果がだせなかったんだろう」って落ち込んでいる隣でね、たいしてがんばりもしなかった人が涼しい顔していたりする。「なんだよ。本気になるとバカを見るだけじゃん」って、ここでも変な学習しちゃうわけね。
でもね、最初のボーリングの例しかり。昨日の高層ビルの綱渡りしかり。命がけで、魂が震えるような思いをしなければ、本当の感動って味わえないのよ。これはもう、議論の余地もない。仕事を生き甲斐と思いたいなら、まずはそいつに本気で向かっていく姿勢があるかないか、これが試されるわけ。
そこでね、まずは、数々の「本気で損した」っていう苦い記憶をキレイに洗い流すわけ。でもって、「そこそこ」「平均」「中流」みたいな意識のぬるい集団とは、こちらから縁を切ってやるのよ。そうね、「EXILE」すなわち、「ならず者」になっちゃうのね。おそらく、この先、自分が本気でなにかに取り組む姿を見て、「あいつはウザイ」とか「CKY」(超空気読めない)とかいわれるでしょ。関係ないよね、もうならず者だから。「上等だよ!」って開き直っちゃえばいい。
そういうならず者道は、孤独を感じるかもしれないから、できれば、たった1人の理解者をパートナーに持っておきたいね。恋人、結婚相手。世界で唯一の理解者。これだけで鬼に金棒だって。あとは思う存分、暴れましょう。目の前の仕事に全勢力を注いで、一心不乱に信じる道を突き進む。これこそが、真のプロフェッショナルだと思うぞ、オレ。(おわり)
先日、男塾のご案内をこのブログに書いたところ、さっそくお申し込みをいただいた。「今回はどのくらいの人が集まってくれるだろうか」と、本当のところハラハラ、ドキドキしているから、とてもうれしかったね。なかでも、第2章『プロフェッショナルの流儀』のアンコール開講にもお申し込みがあったっていうのが最高! 「これ、ニーズあるかな?」とか思ってたので、ちょっと気分よくしてます。ということで、今週(もしかしたら来週も?)は『プロフェッショナルの流儀』特集って感じで書いてみようと思う。
「趣味から生まれるものはなにもない」
すべてはこの言葉から始まった。そう、日本が誇る偉大なアーティスト、岡本太郎氏の金言です。
「われわれはなんのために働くのか?」
この質問に多くの人はこう答えるよね。「お金のため」「食べていくため」。つまり、仕事は手段というわけだ。仕事とは別のところに「しあわせ」があって、それを成り立たせるための手段が仕事。その「別のところ」はなにかというと、たとえば「趣味」だったり、「家族の安心」だったりする。そのために、ある一定の時間を犠牲にして、お金を稼がなきゃならない。これが一般的な「仕事」との関わりなんだね。
ちょっと待てよ。計算してみようじゃないの。仕事に行く日は朝7時に起きて、8時に家を出て9時に会社に着き、なんだかんだ残業とかして夕方6時に会社を出る。家に着くのが7時から8時だとすると、1日に12時間から13時間を「仕事」に費やしているわけだよね。それが1か月に20日あったとして、だいたい250時間くらい。残業がもっと多い人なら300時間くらいはいくかもしれない。1日に6時間寝るとして、われわれの活動時間は18時間。1か月の総人生時間は540時間となる。てことは、人生の約半分以上を「仕事」に費やしていることになるよね。
それを全部、「手段」として見るってのはどうなんだろう?
これが、若いころから持ち続けていたオレの大きな疑問なのね。でも、団塊の世代といわれた人たちは確かにそうやって働いていたよね。「忍耐」「がまん」「家族のため」。手段だからね。それ自体になにかポジティブなものを求めるほうがおかしい。高度成長の時代というのはそういう犠牲のうえに成り立っていた。もちろん、オレたちもその恩恵を少なからず受けているから、全否定するのはあまりに失礼のようにも思う。
でも、その結果、なにが生まれたかというと、「熟年離婚」「定年退職後に生き甲斐を見いだせない人たち」だったでしょ。なにかがおかしい。だれが見たってそんな人生はしあわせじゃない。仕事とは、それほどに人生を消耗させ、人々のエネルギーを吸い取ってしまうものなのか。そこで出会ったのがこの言葉だった。
「趣味から生まれるものはなにもない」
どう読み取るかは人それぞれだけどね。オレはこう解釈した。
「多くの人は、仕事で金を稼いで、休日にゴルフなんかの趣味を楽しめばいいと考えている。その趣味のほうが自分のしあわせで、仕事はそれを成り立たせるための手段。だから、仕事自体は楽しくなくていい。じゃあ、趣味のゴルフでスコアを落としたとき、人はどのくらい震えるのか? 石川 遼選手が先日のミズノオープンよみうりクラシックで、優勝を目前にして二度のOBを叩いたときの心境。それを趣味で体験できるのか? 草野球で負け投手になったとき、WBCの決勝で9回裏に同点にされたダルビッシュ投手と同じ気持ちを味わえるのか? 答えはすべてNO。つまり、趣味から本当のしあわせを得られることはない」
2つの50階建てくらいの高層ビルに、幅20センチ程度の橋を渡す。距離は約100メートル。この橋を命綱なしで渡りきるとしたら、命がけだよね。これが、地上30センチの高さだったらなんてことない。この違いが趣味と仕事にも当てはまるとオレは思っている。「真剣」「命がけ」「自分の人生を賭けて」。こういう文脈の中でこそ、人は本当の達成感や自信や存在価値を見いだせる。でもって、それらを見いだしたとき、われわれは心から感動でき、「ああ、しあわせだなぁ」と実感する。
つまり、「手段」だった仕事を「目的」にすること。この大転換なしには、オレたちは「本当のしあわせ」を見つけられないんじゃないか。「われわれはなんのために働くのか?」の問いに、「仕事こそが生き甲斐だから」と答えられるようになること。これが、男塾第2章『プロフェッショナルの流儀』のゴールであり、スタート地点なんだね。
目的が「家族の安心」という場合も同じ。それはとても大切なことだけど、「じゃあ、あなた自身のしあわせは?」と聞かれたときになんと答えるか。「家族の喜ぶ姿を見ていればそれでいい」と一粒のウソなしに言い切れる人なら、オレごときの小物がとやかくいえる余地はまったくない。でも、オレ自身はとてもそんな風に考えられない。「やっぱり、オレもしあわせじゃなきゃイヤだ」ってのが本音。だから、どん欲に人生の大半を占める「仕事」にしあわせを見いだしたいと願っている。
じゃあ、その仕事自体にしあわせを見いだすためには、どんな風に働けばいいのか? この問いにオレなりの答えを出したのが『プロフェッショナルの流儀』というわけ。明日から、いよいよ、その中味を書いていきます。
そうそう、最近、いろんな人から「男塾ブログ読んでますよー」っていわれてうれしい。その反面、「でも、あの量というか長さはすごいですよね。だから、全部、読めてないんですけどぉ」と続けられると、複雑な思いもしちゃう。そういわれて「じゃ、短くしよう」って軽く変えちゃうと、マーケットインぽくてくやしいんだけどね。いろいろ吟味した結果、「しばらく、ミドル版って感じでちょっとだけ短くしちゃおうかなぁ」なんて思ってます。読者にやさしいでしょ? つーか、日ごろから偉そうなことをいってますが、けっこうまわりの人の意見とか気にしちゃう小心者だからね、オレ。(おわり)