「本質」を見極める

このブログと同じように、ながーいコメントをくれたあきら君、どうもありがとう! 実は、彼も前回の「男塾マンツーマン編」に来てくれた1人なんだよね。「なんにしてもここぞというところでキメられる男はかっこいいなと思います」ときたね。うん、前回の「踏ん張る」をこんな風に解釈してくれると、書いた甲斐があるってもんだよね。素晴らしい!

でね、このコメントがまたいい。「僕自身は、しばらく充電&助走したので、跳躍前、ちょうど、踏ん張り所が迫ってきてる気がしてます」。どこがいいかわかるかな? そう、「気がしてます」ってところね。前回、書いたように「踏ん張る」には「踏ん張り所」ってのがある。じゃあ、その「所」(どころ)をどうやって見つけるかってことだよね。その答えがここにある。でもって、これが今日のテーマだね。

前回のブログを読み直しているうちに、こんな疑問が浮かんできたんだよね。「ところで、このオレはその踏ん張り所をどうやって決めているんだろうか」ってね。いろんな角度から回想してみたのだけど、やっぱり答えは1つしかない。それはね、

ここが踏ん張り所だと感じたとき

なんですよ。ね、説明になってないでしょ。そうなんですよ。「感じる」ってのは本当に説明が難しい。決して、「あ、いまは踏ん張り所かな? いや、そうじゃないかな?」なんて吟味を頭の中でしていないのよ。それよりも、自分の行動について「なんか気持ち悪い」とか、「ああ、ざらつくなぁ」と感じるとき、それが「踏ん張り」のサインになっているんだよね。

たとえばさ、コンサルしている会社で会議がある。ある議題が自分の望むような方向とはまるで逆に進んでいるとする。そんなとき、いつでも「ああ、オレは孤立無援、四面楚歌だけども、ここで踏ん張って流れを変えなきゃ」と思うかというと、全然、違うんだよね。

あるときは「まぁ、彼らが望むのだったらその方向でやってみるのもいいか」と、本当にさらっと流すことができる。でも、別の時は「うーん、これは絶対にほおっておけないぞ!」と強い思いに駆られたりする。この前者と後者の大きな違いが「気持ち悪さ」や「ざらつき」なんだね。頭じゃなくて身体が反応するのよ。

自分が創る成果物もそう。原稿やら曲やらを創っているでしょ。「まぁ、このくらいで充分でしょ」と手を止められるときもある。でも、「うーん、これ じゃ出せないよなぁ」とものすごく納得がいかない感じになるときもある。細かく分析すると、状況や環境や流れや、その仕事の意味合いなんかで違うんだろう けど、やっぱり、それを決めているのは感覚なんだね。

で、その「気持ち悪さ」や「ざらつき」を感じたときが自分の「踏ん張り所」だと、オレは決めているというわけさ。そうなんですよ。まさに、あきら君がいうところの「気がする」なんですねぇ。じゃあ、どうすれば、そういう踏ん張り所を感じられるようになるか? ここが重要だよね。

結論は簡単かつ深い。

本質を見極める習慣をつける

ってことかな。つまりね、「踏ん張り所」ってのは人生の本質だとオレは思うわけ。ここで踏ん張れるかどうかで、その人の後の人生が大きく変わる。だ から、踏ん張り所こそ、その人の本質。逆にいえばね、人生なんてどうでもいい部分も多いってことだよね。会社に行ってもいかなくても、さほど影響がない 日ってあるじゃない? そういうときは、平気で休んでいいわけよ。でも、「この日は自分がいなきゃ話にならない」ってときだったら、死にかけていても行 く。まさに、踏ん張り所=本質ですわな。

さて、じゃあ、どうすれば、その「本質を見極める習慣」がつくのか。

実をいうと、オレは子供のころからこのテーマを追いかけているんだね。ガキのころから、「なにがその事象、できごと、その人物や行動の本質なのか?」だけを見ようとしてきた。なんで、そんな風になったのかは自分でも謎だけど、とにかく「的を射る」ことにこだわりたかったんだろうね。科学者がいろんな謎を解き明かそうとするのに似ていると思うな。

そういうわけで、オレ流の「本質の見極め方」を話すとね、基本はこれ。

頭をものすごくクールにして、ものすごく素直に、目の前の事象、できごと、人物から得られるフィーリングを読み解いてみる

うん、これに尽きるね。

たとえばね、こんなできごとがあったとする。あなたは、この事件からどんな本質を感じるか?

部下Aさんは、超多忙な上司Bから頼まれた仕事があったが、ちょっとしたケアレスミスで、大きな失敗をしてしまった。上司Bに申し訳ないと思ったAさんは、その日の夜、何時間もかけてお詫びの長文メールを書き、Bに送った

もしね、自分がAさんのようなミスをした経験があるとしたら、やっぱり気持ちはAさん寄りになるだろうね。「うん、気の毒だね、Aさん。でも、その 日のうちに丁寧なメールを書いたのだから、いいんじゃないの?」みたいな感じかな。でもね、頭をクールに素直にこのできごとを眺めるとですよ、オレなんか 違和感だらけなんだな。

Aさんはなにがしたかったんだろう?」って疑問が最初のフィーリングだね。でもって、「なぜ、その日のうちにメールを書く必要があったのか?」ってのも違和感として浮かび上がる。でね、そういう疑問や違和感から導き出されたフィーリングはこんな感じかな?

ああ、Aさんはできるだけ早く、自分の置かれた“ミスした立場”から逃げ出したかったんだな。つまり、Aさん自身がなるはやで助かりたかったんだ

ね、おそらく、これが本質。もし、Aさんが「上司に礼を尽くす」だけにこだわりたかったのなら、超多忙なBが朝一番で読むであろうタイミングに、な んの解決にもならないお詫びのメールを「長文」で書かないよね。それよりも、翌朝から上司Bの動向をチェックしておいて、ちょっと一息入れたあたりでサッ と席に行き、ものすごく簡潔に事の次第を説明して、一言、「申し訳ありませんでした!」と頭を下げるよね。

ただし、そうすると、前の日の夜から上司に話すまでの半日くらいの間、ものすごくドキドキしなくちゃならない。いやーな気持ちとつき合わなきゃならない。でも、そこを踏ん張って「自分を楽にするために、さらに上司に迷惑をかけちゃダメだ!」って自制する。これが、相手を思いやる、相手に礼を尽くすってことの本質じゃない?

あとね、こういうことってないですか?

Cさんは、あるプロジェクトのリーダーに任命された。メンバーは全部で10人。さまざまな部署から1人ずつ代表が出て作られた部署を貫くプ ロジェクト。でも、メンバーの全員がやりたくてプロジェクトに参加したわけではない。中には、半ば強制的に上司から“おまえ、やれ!”といわれて、渋々メ ンバーになった人もいる。ミーティングを重ねるごとに、モチベーションの差は歴然としてくる。ある日、Cさんはプロジェクトの決裁権を持つ上司にこう訴え た。“こんなにやる気がないメンバーとは仕事をしたくありません。なんとかして、モチベーションが高いメンバーに差し替えてください!”

はい、頭クールに、素直にこの事象とCという人物を眺めてみてください。あなたは、どんなフィーリングを持ちますか?

オレもCさんのような立場になったことがあるというか、そういう状況でしか仕事をしたことがないから、彼の気持ちはよくわかる。もしかしたら、彼の いうようにメンバーを替えた方がいい結果が出るかもしれないよね。でも、なにかの違和感を感じませんか? 本質はどこにあるんだろう?

オレのフィーリングはこういってる。「ああ、このCさんは自信がないんだな」ってね。プロジェクトリーダーであるCさんがやらなきゃならないのは、「プロジェクトを前に進めること」だよね。しかも、メンバーはたったの10人。その中の半数、いや、3人くらいがやる気になっていれば、基本的に物事は前に進む。本当に強い思いを持って、ガンガンやっていけば、残りの人のモチベーションなんて気にする暇もないはずなんだけどね。

だけど、Cさんはプロジェクトそのものじゃなく、構成員の「気持ち」がどうであるかを気にしている。それを高めることに自分のエネルギーを使おうとしている。実は、この時点ですでに本質から逸れ始めているんだよね。じゃあ、なぜ、Cさんはそっちに気を取られるのか。おそらく、エネルギーのぶつけ所を見切っていないからだよね。どこに力を注げばうまくいくかを掴めていない。的を射てない。つまり、不安なのよ。

てな感じでね、物事や人物の表面じゃなくて、本質の方を感じられるようになると、とってもいいことが起こり始めるわけ。まずは、先に書いたように「踏ん張り所」が見つかりやすいでしょ。それにね、これが最大の効果なんだけど、「素早く対処できる」ようになるんだね。余計な時間をかけずにすむ。

たとえば、自分が先のCさんから相談を受けた上司だとしよう。本質を見ずにアドバイスをすると、「うーん、そうはいってもなぁ、一度決めたメンバー を替えるのは問題あるでしょ?」とかの、あいまいな答えしか返せない。あるいは、「そのモチベーションを高めるのがおまえの役目だろう!」とか、Cさんを 病気にしてしまいそうな無茶な説教をしてしまうかもしれない。

本質が見えていれば早いよ。

うん、いいじゃん。人間なんてそんなものよ。10人集まれば、やる気のあるヤツは2人か3人。そんなこと気にしてる暇があったら、おまえの やりたいことを前に進めろ。企画が出ない? そんなの期待するな。出したいヤツが出せばいい。出さないヤツには別の仕事をしてもらえ。モチベーションの低 いヤツの波長に巻き込まれるな。お前が先頭に立って、踏ん張って、前に進んで、その波長でプロジェクトを満たせばいい。背中を見せれば、何人かはついてく るさ。まずは、前に動くことだよ。それでもうまくいかなかったら、もう一度、オレのところに来い。いくらでも、助けてやるさ

まさに、3分間で解決だよね。

最後に、もうちょっと補足しておくとね、「感じること」が大切だからね。本質ってのは考えて見つかるものじゃない。自分のDNAに刻まれた情報、これまで何十年か生きてきた経験。そいつらを思いっ切り信じて、とにかく感じる習慣をつけること。でもって、違和感やざらつきに敏感になること。多くの人は、日々、それらを麻痺させることで生きてきているからね。どんどん、感じることに鈍感になっちゃう。

デリケートに、繊細に、かつクールに。感情やら自分の都合やらにごまかされずに、氷のように冷たく、研ぎ澄まされた感覚で眺めること。違和感やざらつきに出くわしたら、とにかくその元を探してみること。途中であきらめずに、簡単に結論を出さずに、まっさらなフィーリングで違和感の根源を探求する。そうすれば、必ず、本質にたどり着くと思うな。うん。

そうそう、例のアンコール開催「男塾マンツーマン編」。 ブログでお知らせしたその日に、たくさんのお申し込みをいただきました。本当にありがとうございます! 12月19日(土)、23日(水、祝日)ともに、 あと1、2席の空きがあります。当日まであまり日にちがなくなってきたのだけど、まだ間に合うので、気になっている方はぜひ、こちらからお申し込みください。そうね、「男塾マンツーマン編」ってのは、人生の本質を見つけるお手伝いなのかもしれないね。うん、これは楽しいよ、オレ。(おわり)

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