螺旋状に進化する「ブランド哲学」を学べ!
おお、土曜日のマンツーマンに来ていただいたお2人から、コメントいただきましたねぇ。まずは、やっさん。「知恵熱なんだかわかりませんが、帰ってから熱を出し、寝込んでしまいました」。熱出ましたか。なんか、新型インフルエンザみたいなワークショップだよね。そうなんです。なにか新しいステージに行く前って、必ず熱が出るんだよね。で、汗かいて悪いもの出して、細胞を入れ替える。めちゃくちゃハッピーな儀式ですよ。よかったよかった。「でも一晩寝て、起きたらすっきり」。でしょ? 「動き出すと不安がなくなり、頭が回りはじめました」。うん、そのとおり! 一歩踏み出せば道が開けるんです! ありがとう。
赤ノブさんもありがとう! 「ワクワクドキドキできそうな企画が出来そうです」。うん、土曜日のセッションは楽しかったねぇ。なんか無限の可能性というか、希望だらけというか。赤ノブさんの明るい未来がずっと頭に映ってる感じでした。「“好き”のエネルギー・行動で、忍び寄る知識による不安を払いのけ営業を頑張ります!」。すごいねぇ。「好きのエネルギー」。この世界でこれ以上にすごいエネルギーはないからね。ぜひ、企画を完成させて、また男塾に来てください。ほんと、楽しみだね。
もう1人の参加者、Cさんからもとても暖かいメールをいただきました。本当に、ありがとうございます! やっぱ、マンツーマンっていいよね。人間同士の本当の会話って感じがする。これは、当分、やめられないねぇ。というわけで、昨日の続きを書こうかな。JOYWOW秋冬物ワークショップね。
といいつつ、また関係のない話を1つ。150キロ左腕、花巻東の菊池雄星投手の会見を見た? まぁ、なんというか、本当に大人というヤツは子供の可能性をつぶすよね。なんなんだろう? 「すべての人に認められてからメジャーに行く」ってなに? そんなこと起こるわけないじゃない。「言語の壁も心配だが、病院などがさらに心配」とは高校の監督の弁。そんなことで、人生の大事な岐路を決めていいの? アメリカの病院のどこが心配なんだろう?
新聞によるとね、日本のプロ野球を蹴ってメジャーに行こうとする菊池投手に、誹謗中傷の手紙がたくさん寄せられたんだってさ。あと、例のネットの書き込みね。18歳の少年はとても傷ついただろうね。それ以上に、周りの大人がビビっちゃった。かつての桑田投手のように、高校卒業した瞬間からマスコミの餌食になって、ヒールのような扱いをされたくなかったんだろうね。
彼が会見で流した大粒の涙。これはとても意味がある。ものすごく大きなメッセージとして受け止めなきゃいけないと思う。断言するが、彼はメジャーに行くべきだったよ。おそらく、本人もそのつもりだったはず。常識、世間体、自分たちのコンプレックス、そういう大人の都合で子供の大切な人生を曲げてはいけない。
「子供を守るというが、だれの都合、だれのメリットでそれをやるのか」
大義名分はとても危険なものだよ。子供のため、奥さんのため、旦那のため、そういう但し書きが付く行為というのは、99パーセント「自分のため」だとオレは思うぜ。
でね、菊池投手のような立場になった人は、絶対にネットの書き込みなんか読んではいけない。あんなものは黙殺すればいい。見なければ、書いたヤツのネガティブな念とかやっかみとかは完全に無力になる。まだいるんだね、ネットをそういう日ごろの憂さのはけ口に使うヤツ。時代遅れだよ。自分のやってることのアホさ加減に早く気付いた方がいい。とにかくね、あんなものは便所の落書きだからさ、見なきゃいいの。
はい、この話はもう終りね。昨日のように枕としてはつながらないから、いったんぶつ切り!
話はがらっと変わって、ルイ・ヴィトンを知らない人はいないよね。いまでは、高価なブランド物の代名詞にもなっている。でも、彼はもともとしがないトランク工場の職人だった。重いトランクしかなかった時代に、キャンバス地を使うことで軽量化に成功し、その実力のみで世界博覧会で銅メダルをゲット。次第に世界的な評価を受け、スペインの国王なんかも彼に発注するようになった。
たしか、「容れ物なら、お客さんの要望に応えてどんなものでも創る」ってのがモットーだったよね。もちろん、彼の職人気質は現在のヴィトンにも受け継がれていて、やっぱり本物は違うって感じの作りになっている。時代を超えて最高品質の容れ物を作り続けているわけだね。
1979年の夏。オレは17歳の高校生だった。3万3,000円を握りしめて、見慣れない秋葉原駅の改札口に立っていた。50メートルも歩かないうちに、いかにもうさんくさいオヤジが1人、オレの方にやって来てこう聞いた。「お兄さん、なにを買う予定なの?」。無視するわけもいかず、「SONYのウォークマン」と答えた。「ああ、それなら2万7,000円で買えるよ。すぐそこに店があるから、案内するから……」。気がついたら、オレは裏通りの小さな質屋のような店の中に連れ込まれていた。
「ああ、もうだまされて金を巻き上げられるんだ」と覚悟したそのとき、ピカピカの箱に入った世界初のポータブルラジカセがオレの目の前に出てきた。運良く、悪質な店じゃなかった。本当に6,000円も安く、ウォークマンが手に入ったというわけ。オレは、家から持って来ていたグラハム・パーカーというアーティストのテープをセットした。オレンジ色のスポンジが付いたヘッドフォンを耳に当てると……。
それは、もう衝撃という他に形容しようのない体験だったね。「なんだ、この音の良さは!」。HiFiっていうの? シャリっとした高音、地響きのような低音。自宅のステレオで聴くよりも数倍いい音に感じる。これから、いつでもどこでも、こんないい音と一緒に人生を送れるのか!
これがオレのウォークマン初体験というわけ。当時のSONYは本当に「ブランド」だったね。以降も、ウォークマンはどんどん進化を続け、とうとうカセットテープと同じ大きさまでに小型化された。音もどんどんよくなっていったよね。SONYはオレたちを裏切らなかった。とにかく、かっこよかった。SONYのロゴが付いているだけで、ただただ「買わなきゃ」という気にさせられた。
80年代から90年代にかけて、そう、あのバブルの時代を経て、日本には「ブランド」というものがなくなってしまったよね。「ブランド=有名」「ブランド=高価」「ブランド=みんなと同じ」。時代を経るたびに、ブランドの定義がおかしくなってしまった。
ユニクロとかの低価格路線が主流になってからというもの、こだわりとか、品質とか、そういうものが生き残れなくなって、骨のあるブランドがこの世からどんどん消えていったよね。商売のやり方がヘタだったのかもしれない。でも、それだけじゃないようにも思うよ。買う側の「あり方」も貧祖になっちゃったんじゃないかな。
そういえば、銀座にマクドナルドの1号店ができたころ、マックのハンバーガーは贅沢品だったんだよ。オレも子供のころ、レストランでのごちそうのように、チーズバーガーとマックシェイクを食べ、飲んだ記憶がある。それも、いまでは100円バーガー、0円コーヒーの世界だからね。
一方で、「ブランドイメージを高める」なんて議題は毎日のように会社の企画会議に挙がる。はたして、ブランドって会議室で出されたアイデアくらいで高められるものなんだろうか? オレは違うと思うね。そういうことばかりやってるから、ブランド不在の国になってしまったんだと思うよ。
オレの定義はこう。
「ブランドとは約束なり」
もちろん、顧客との約束だよね。なにを約束するかは企業によって違う。絶対に壊れないトランク。最高品質の音とファッショナブルな体験。風のように疾走するカーライフ。単なる食を超えた非日常なディナー。それがなんであれ、かならず約束は守られるということ。さらに付け加えるならば、
「ブランドとは歴史と足跡(そくせき)なり」
足跡ね。即席じゃない。そういう約束を何世代にもわたって守り続けたという歴史。その足跡を、われわれは実績、すなわち「ブランド」と呼ぶ。ごくごく、シンプルにいうならば、「本物」ってことでしょ。「ブランドイメージを高める」なんてのは、HOWの世界であって、まやかし、その場しのぎの気休めだよね。
JOYWOWが提唱するビジネス1.0は「商いの基本に帰れ」というもの。ブランドの世界もこれと同じだと思う。「本物の世界に還れ」だよね。じゃあ、我々は懐古主義なのかというとまったく違うね。これはね、アートや音楽の世界を見ればわかるのだけど、あらゆるものは「螺旋状」に進化するんだよね。決して「直線」ではない。
極端に右に行ったあと、円を描くように左に戻る。そしてまた、右へと還っていく。でも、同一平面上に円を描いているのではなく、3次元の上下軸を上にたどりながら「螺旋状」に上っていく。一見、一度描いた円と同じ軌道にあるように見えて、実は「上」に上昇しているわけ。懐古ではなく、進化ですよ。螺旋状のね。
じゃあ、なんで我々はそんな風にしないと進化していけないのか。それは、ヒトというものがものすごく凡庸だからでしょ。やってみなけりゃわからないんだね。共産主義とか、民主主義も同じ。一度、極端な方に振れてみないとそこに潜む罠に気付かない。もちろん、気付くタイミングは人それぞれ。いまでも、かたくなに共産主義を信じている人もいるし、すでに、民主主義の限界に気づき始めた人もいる。
で、次はどこに行くの? と見てみると、けっこう社会主義に近いところに向かおうとしている部分もあるでしょ? でも、かつての社会主義なんてだれも望んでいない。というか、その欠点はもう充分に学んでいるからね。やっぱり螺旋状に行くしかない。ブランドの話もまったく同じですよ。価格競争で駆逐されるようではダメってのがこれからの「新本物ブランド道」だと思うな。
我らがけーちゃんの秋冬イチオシワークショップ、『阪本啓一の最新ブランド哲学を学ぶ! こんな時代に楽しく&しっかり儲けるブランドの授業』は、まさに「気付いてしまった人のためのブランド進化論」だとオレは思うね。彼が読み解くいまという時代。そこには「5つの風」が吹いているという。
第一に、ネットの日常生活への広くて深い普及によって、生活者・顧客がパワーを持ち、顧客参加型市場になった。
第二に、安い! サイゼリヤ、ワタミ、ユニクロ、Forever21、H&Mなど、「安い価格」そのものが商品になっているビジネスが台頭している。
第三に、ほんものが欲しい!
「安くてもただ安いだけで、ほんものじゃないものは売れない」
「安くて、ほんものが欲しい」という、生活者・顧客として、当たり前の、しかもとてつもなく難しい欲求に、真摯に向き合う企業だけが業績を伸ばすことができる。
第四に、生活者・顧客は、商品性能だけでは満足せず、それを超える喜び(JOY)と感動(WOW!)を得たいと願っている。特に先進国の生活者・顧客は目が肥えていて、「ナメた」姿勢では相手にしてもらえない。
第五に、環境問題への、「いい人のポーズ」だけの取り組みではなく、「本気の取り組み」をしないと、長期的利益につながらない。
でもって、彼がこのワークで伝えたいこととは……、
「このような時代に、ブランドの役割は、ますます増してきている、そう思います」
「ブランドといえば、価格づけ(プライシング)で高い設定をすることを可能にする“ゲタを履かせる技術論”というとらえ方は、もはや、通用しません。今こそ、本気の直球勝負で生活者・顧客に向き合う時期であり、そしてこれこそが、商いの本来の姿、商いの楽しさ、楽しみ。そう思いませんか?」
いいでしょ? 「ゲタを履かせる技術論」というのは、先に書いた会議室での「ブランドイメージを高めるには」って話と同じじゃないかな。そういう小手先のノウハウ本や、セミナーがこの世には溢れている。これって、「螺旋の半周遅れ」だとオレは思うよ。いまは、
「本気の直球勝負で生活者・顧客に向き合う時期」
なんだよね。これこそ、「螺旋の最先端」であるとオレは信じているよ。さらにね、ルイ・ヴィトンがトランク職人だったようにね、大企業ではなく、1人の職人、1つの工場、少人数の会社から次のブランドが生まれる。そんな予感がするんだよね。なぜならば、そういう人たちこそ「本気で顧客に向き合える」んだからね。実は、いまっておもしろい時代なんだよ、きっと。そのことを実感したいなら、『阪本啓一の最新ブランド哲学を学ぶ! こんな時代に楽しく&しっかり儲けるブランドの授業』に行けばいい。ほんと、そう思うよ。
というところで、やっぱりまた長くなってしまい、まるちゃんのワークショップに触れられなかったね。明日から倉敷出張だから、帰ってからかな。そのころは、また別のことが書きたくなってたりしてね。気まぐれだから、もし、ここで紹介しなかったとしても、まる、怒るなよ。明日、けーちゃん、由歌利さん、オレの3人は、小さいけれど可能性がたくさんつまった、ダイヤモンドの原石のような会社に「ブランド」を創るお手伝いをしに行く。今日、書いたことそのままを実践しに行く。理屈じゃなくて、動くってのが我々のモットーだからね。ただね、オレの苦手な早起きなんだよ。そろそろ寝ないとなんだけど、フクロウのように目が冴えまくってるよ。ヤバイね、オレ。(おわり)

