命より大切なもの

またまた、しばらくお休みしていてすみません。もう、このところ、『あり方の教科書』に始まって、『ビジネス1.0音頭』『JOYWOW音頭』、「arikata.net」の原稿、でもって『JOYWOWテレビショッピング』と、制作に次ぐ制作の日々を送っていたよ。編集と音楽制作は慣れたものだけど、映像に関してはズブの素人。撮影の3日前にビデオカメラを買って、1日前に「Final Cut」という編集ソフトを入手して、撮影後にソフトのマニュアル見ながら貫徹で制作って流れだった。オレの別名は「シングルタスクマン」。そっちに熱中しちゃうと、ほかのことがなんにもできなくなっちゃうんだね。もっと修行せねば。

でもね、この数週間、本当に楽しかったよ。充実しまくりでね。なにより、オレの魂が喜んでいたね。もちろん、いまも続いているよ。でね、そういう辛くもハッピーな時間を過ごしながら、このブログで書いておかなきゃいけないことがあるなと思ったわけ。きっかけは新型インフルエンザだったんだけどね。それがまた大きなテーマでね、「」なんだよね。ずいぶんと間を空けてしまったお詫びに、男塾の神髄というか根底に流れる大切な部分に踏み込んでみようと思う。

1か月ほど前、テレビのニュースでこんな記事が流れていたのね。

新型インフルエンザの影響で、いくつかの学校では2学期の始業式を中止にした

うーん、なんか納得いかない。モヤモヤした気持ちでいっぱいになったオレは、世の中でなにが起こっているのかを想像してみた。でね、オレが見つけた結論というのがこれだったんだな。

みんな命を大切にし過ぎ

ヤバイでしょ、この言葉。ヘタしたら世間様から総スカンだよね。ちょっと過激でストレート過ぎるから、少しオブラートに包んでみようかな。

命の意味を誤解している

うん、この辺から始める方がよさそうだね。

人の命は地球より重い」という言葉が象徴するように、現代では命がとても大切にされている。でもね、人類の長い歴史を振り返ってみると、そういう価値観って本当にごくごく最近のものだってことがわかるんだよね。たとえば、侍の世界では、命よりも名誉とか家とかのほうが上だった。切腹や仇討ちが普通に行われていたわけだからね。時代を遡ればさかのぼるほど、人の命はどんどん軽くなっていく。実は、第2次世界大戦あたりまで命の価値なんてそれほど大きくなかったんじゃないかと思うんだな。

もちろん、オレはいまという時代に生まれてよかったと思っているよ。そう簡単に自分の命を奪われたくはないからね。ただね、「生きている」ということと「死んでいない」ということが同じ意味になってしまったのはどうかと思う。つまりね、「命を大切にする」にこだわりすぎるあまり、命というものにまともに向き合えなくなっているんじゃないかと。そうね、問題児に向き合うのが怖くてビビっている先生のような感じかな。

我々は肉体だけでできているわけではない。そこに「心」や「魂」といった目に見えない「あるモノ」が加わって、初めて人間が成り立っている。これを輪廻転生やスピリチュアル的なもので捉えようが、徹底的に科学的な見方をしようが、あまり変わりはないとオレは思っている。心や魂が存在することは、だれよりも自分自身が知っているし、体験しているのだからね。

いまの時代に「命を大切にする」とは、「肉体的な生命を大切にする」と同意語だと思うんだな。心臓が動いて、脳が働いて、呼吸をする。そういうことを「生きている」といっている。それがもっとも大切なことなんだとね。だから、「始業式よりも新型インフルエンザに感染しないことのほうが大切」となるわけだ。

じゃあ、始業式ってなんなんだろうね。オレは「セレモニー」だと思うね。とても重要な日本の学校行事の1つ。「さぁ、夏休みも終わった。またみんなで気を引き締めて、次の学期を乗り切ろう!」。ある種の「気の注入」みたいなものでもあるし、「自分たちはいまなにをするために学校に来ているのか」を再確認する場でもある。少なくとも、「全員が一堂に会する」というのは、やっぱり厳(おごそ)かで神聖な非日常なんじゃないかとね。「まつりごと」といってもいいのかな。

じゃあ、そういうセレモニーってなんのためにあるのかといえば、やっぱり「魂」にエネルギーを入れたり、「魂」を清浄したりするのが目的なんじゃないのかな。入学式、卒業式、成人式って、人生にはいろいろな式典があるよね。ただただ、合理的に判断していくと、どれも「別になくていいんじゃないの?」ってことになるものばかりだと思うよ。

親も教師も、そういう「魂のセレモニー」よりも「肉体的な生命を大切にする」ことのほうが上だから、始業式をキャンセルできるわけだよね。そういえば、「インフルエンザに感染した子供が、自分の子供と同じ電車に乗らないようにしてくれ」なんてクレームを付ける親もいたそうだね。「友情よりも自分の子供の命が大切」ってことなんだろうね。

話は変わるんだけど、数日前にね、中華料理店で夕食を食べていたのね。そしたら、隣に両親と息子という3人組が座っていた。息子は今年就職したばかりで、出身は関西。シルバーウィークを利用して、関西から両親が息子の様子を見に来たって感じだったのね。ところが、その息子が「もう会社を辞めたい」といい出している。お母さんは半ばヒステリーになりながら、必死に息子を説得してる。

まぁ、その言い分がいかにも自分本位でね。「そんなん恥ずかしいわ、ママ。もう少しがんばってぇな」みたいなことを繰り返しているわけ。そうね、20分くらいはママの説得というか、説教が続いたかな。そしたらね、息子が突然、ママの言葉を遮ってこういったのよ。

じゃあ、生きる喜びってなんなん?

ママは約5秒間沈黙。でね、驚くことにこう答えたね。

そんなん、ママ、知らんわぁ

こういうとき、ほんと、関西弁って便利だよね。なんかこれでも許される感じがしない? でもね、オレはイスから滑り落ちそうになって、「ああ、こいつ男塾に来ればいいのに」とか思いながら、もうその先は聞かないようにしていたよ。

「なぜ、自殺をしてはいけないのか?」「なぜ、人を殺してはいけないのか?」。これらの質問には、「肉体的な生命を大切にする」っていう価値観だけでは絶対に答えられない。もちろん、「生きる喜びとはなにか?」にもね。オレは少なくとも答えを持っているよ。

生きるとは命を輝かせること

だと思うな。命というのは、ただ肉体的に生きているだけでは決して輝かない。ただ、漠然と息をしているだけじゃ、命はどんどん曇っていくし、濁っていくし、滞っていく。じゃあ、どうすれば命が輝くのか。容れ物の肉体じゃなくて「魂」のほうを見れば、答えは簡単にわかる。

魂が喜ぶことをする

これしかないよ。

「肉体的な生命を大切にする」を大命題に人生を設計する。最初に心配になるのが、衣食住だよね。そして、十分な医療。次に、それを実現するためのお金ね。で、そのお金を稼ぐための手段である「仕事」。みんなこの道筋で仕事にたどり着く。そういう根拠で仕事を選び、それを遂行する。「仕事は命を長らえるためのお金を稼ぐ手段」ってことね。

ここには「魂」や「命の輝き」なんて視点がまったくない。だから、働けばはたらくほど、命が曇り、濁り、滞っていくんじゃないのかな。最初の大胆発言をもう一回、見ていただこうかな。

みんな命を大切にし過ぎ

そう、ここでいう「命」とは「肉体的な命」のことね。ここまでくると、それほど過激でもないように思うのだけど、どうだろう。

たとえば、先日、他界された忌野清志郎さん。彼は癌のために声帯を除去するか、死を覚悟するかという選択を迫られた。もし、清志郎さんが「肉体的な生命を大切にする」ことを最優先にしたならば、間違いなく、声帯を除去して歌をあきらめて生き長らえただろうね。でも、彼の選んだ道は違った。

魂を喜ばせる

ほうを選んだんだね。なぜならば、彼は「命」というものの本質を知っていたからだと思う。ただ生きているだけじゃ命は輝かない。「自分から歌を取ったらなにが残る」。肉体的な本能が「もっと生きていたい」と叫ぶのを何度も聞きながら、「いや、生きるというのはそういうことじゃないよ」と、自分自身を幾度となく説得していたんじゃないか。そのせめぎ合いが人々に大きなメッセージを残したんじゃないか。オレはそう思えてならないな。

10月1日に発売した『JOYWOW“あり方”の教科書』の中で、オレがもっとも好きなページはね、39ページの「JOYWOW コンサルタントにとっての“しあわせ”ってなに?」ってコーナーなのね。教科書を執筆した7人のコンサルが、それぞれ自分にとっての「しあわせとはなにか」を赤裸々に語っているんだよ。教科書の中では囲みというか、オマケみたいな部分なんだけどね。そこで、オレはこう書いた。

自分の魂がワクワクする方に向かって、真っ直ぐ行動すること。人が創造したものに触れ、“人間っ てすごいなぁ”と感動すること。(ZONO)」

どうも、オレの魂は「創造」と「感動」に弱いらしい。だから、たくさんいいものを創って、まずは自分でそれに感動して、1人でも多くの人とそいつを分かち合いたいと思っている。この数週間で創ってきたすべてのもの、それによって、オレの魂はとても喜び、たぶんだけど、命も燦々と輝いているんだと思う。もちろん、死ぬまで創って感動し続けるつもりだよ。

今日の結論はね、「肉体的な命より大切なものがある」ってことなの。

魂が喜び、命が輝くこと

だね。成功とか失敗とか、自分が一流であるか三流であるかとか、そういうものも大事かもしれないけど、本質はそこにはない。「魂が喜び、命が輝くように動くこと」。結果ではなくて、「動くこと」に意味がある。身体を大事にしていようがいまいが、いつかは必ず死ぬわけ。そんな事実すら忘れてしまうくらい没頭し、熱中できるなにか。そいつを見つけることのほうが、よっぽど大切だとオレは信じているよ。

はい、ひさしぶりの男塾ブログだったから、ちょっとリズムが悪かったかな。やっぱり、毎日書いていないと鈍ってしまうね。まぁ、これをきっかけにまた、ガンガン書きますよ。そうはいいながらもね、10月17日の「教科書実践ライブ〜JOYWOWエキスポ」に向けて、創りたいものがたくさんあるんだよ。まだまだ多忙な日々は続きます。ビデオの第二弾「放送大学編」でしょ。あと、『ビジネス1.0音頭』のCDも創るよ。あっと驚く、オマケ付きでね。そうそう、ノベルティーグッズなんかも制作してるし。なんと、すでに次の書籍企画なんかも浮上したりしてね。そういうわけで、イラストレーターとインデザイン(DTPソフト)も買い込んで、いま猛勉強中。この歳になってプロレベルの新しいソフトをイチから勉強することになるとは夢にも思わなかったけどね。とにかく、創りたいんだな、オレ。(おわり)

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