男塾新章特集 最終回『いま世の中にある企画のヒント』
先月から続けてきた男塾特集も、そろそろ一区切りという感じかな。今週末に新章最終回だものね。次の第5章の企画が上がったらまたやるとして、今日はシーズン1の最終回ってことで書いてみようと思う。このブログ自体が終わるわけじゃないよ。特集のラストね。明日からはまた、いつもの男塾ブログが始まります。でね、なにを書こうかと思案した結果、ワークショップではやってない話がいいんじゃないかなと。なぜかは自分でもわからないけど、まぁ、直感ということで。
あえていうならば、今日の話題は主観が多いからかな。わりと無責任に書きたい感じなわけ。男塾の内容には基本的に大きな責任を感じて構成しているからね。ちょっと、好き勝手に書くとこんな風になるみたいな。でもって、なにを書きたいかというと、「企画のヒント」なんだね。それも、いまという時代に「こういうの当たるんじゃない?」というオレなりの読み。参考になるかどうかわからないけど、たまにはいいやな。
まずね、当然だけど「価格」って切り口があるよね。とくに、いまのような「モノが売れない時代」には効果抜群って感じで、どこもかしこも安売り競争をやってる。オレ的には「値段を下げる」というのは最後の手段にしておきたいって思いがあるのだけど、まぁ、いろんな状況を見ていると、いまがその最後の手段のときなのかなと思わなくもない。
ただね、単に安くするだけじゃ企画としてつまらないじゃない。「安いけど○○」じゃなきゃダメだと思うのね。「○○」の部分に知恵を絞るわけさ。たとえば、だれでも思いつきそうなのでいうと、「安いけどおいしい」みたいなのがある。うーん、悪くなさげだけど、いまとなってはあたりまえかな。「安かろう悪かろう」じゃ、だれも買ってくれない時代だからね。
こういうのはどうよ? 「安いけど、ものすごくたくさん買ってしまう」。不思議なものでね、オレも含めて消費者というのは、どんな状況においても「買いたい」という欲求を持っている。金があろうとなかろうと、やっぱりなんか買いたいわけさ。買い物すると脳からアドレナリンがでるでしょ。気持ちいいんだよね。そこを満たしてくれる企画だね。
以前、かみさんとユニクロに行った。基本的にオレはユニクロの服は着ない。あの店がオープンした当初のフリースを見たときからその思いは変わっていない。どうアレンジしてもオレの美学には合わないんだな。でも、かみさんがどうしても行きたいという。そこで、仕方なしに、かなり斜に構えながら店に入ってみた。
5分もしないうちに「ユニクロマジック」にかかっていたね。とにかく、どれもこれもめちゃくちゃ安い。もちろん、アウターを買うのは抵抗があったけど、次第に、下着とか靴下とか、部屋着としてのTシャツだったら許せるような気持ちになってくる。最初は手さげのカゴに商品を入れまくっていたんだけど、そのうち、台車が登場し、店内でイチバン大きなカゴをそいつに載せていた。
あとはもうただただ、がむしゃらに気になるモノをカゴに入れるだけ。一種の陶酔状態だよね。かみさんを見たら、彼女も同じように台車にでかいカゴだった。1時間半くらいはそこにいたかな? 途中、二度ほど喫煙タイムをはさみ、ようやく2人でレジに並んだ。倉園家のユニクロでの買い物総額は? なんと4万円だよ!
店を出て、ポーッとした頭が日常に戻るにつれて、「ユニクロ恐るべし!」と思ったよね。なにがすごいって、「たくさん買えてしまう」ってのはホント、魔法なんだよ。オレがいつも買っているような服だったら、4万円でせいぜい1着か2着の世界だからね。あっという間に買い物が終わっちゃう。それがよ、夫婦そろって90分間も「買う世界」に浸れてしまうんだから。
後日談として、オレはユニクロで買ったものをやっぱり着なかったんだけどね。靴下やパンツですらはかなかった。うん、つまりね、あの正体は「体験」を売る世界だったんだよ。買ったものなんかどうでもいいわけ。買いまくるという行為、体験に意味がある。100円ショップなんかも同じ匂いがしない? ね、「安いけど○○」。なんかヒントがありそうな気がしませんか?
あとね、10月1日発売予定の『JOYWOWあり方の教科書』で、我らが阪本けーちゃん先生は「不を探せ」と書いている。その喩えが最高なのね。「ドラえもんは日常の不を補ってくれる。君もドラえもんになって企画を考えなさい!」。おもしろいよね。そう、ITが普及しても、デジタル家電があたりまえになっても、いまだに多くの「不」が残っている。そいつを見つけたヤツが勝ち(って勝ち負けじゃないんだけどね)ってわけだ。
でね、オレなりに「どうすれば不を見つけられるか?」をイメージしてみたんだけど、1つの結論に達した。答えは、「王様のようにわがままになる」だね。どうもね、我々はお人好しになりすぎた。すでに十分、ガマン強いのに、そのうえまだまだ忍耐力を身に付けようとしている。そんな感じがしない? たぶん、そうじゃなきゃ生きていけないんだろうけどね。
「自分の欲求が満たされることなどそうない。だから、日々、ガマンしておかなきゃ不幸になる」。そんな潜在意識があるんだろうね。それはそれでいいとして、しかし、これでは「不」は見つからない。なんてったって、不を無意識のうちにガマンしてしまうからね。そこで、暴君になってみる。もう、手の付けられないわがままな専制君主として世の中を見渡す。
「なんで電車でオレ様が座れないの?」「電話の呼び出しに数秒もかかるのは許せん!」「ケータイのキーボードで文字を打つのが超ウザイ!」「下関で捕れた新鮮なふぐを、冷凍じゃなしに東京で食べられないのはおかしい!」「動画や音楽の中味を検索できないのは不便じゃ!」。とかね。きっと、普段は意識していないところに「不」が転がっているような気がするよ。
あとね、これはこの数日の間に発見したんだけど、「目に見えないものを視覚化する」ってのはけっこうおもしろい。買い物と同じような「欲求」の世界なんだけどね、人には「目に見えないものを形あるモノとして認識したい」って欲があるんじゃないかと。ピントきませんか? これも、ある種の潜在ニーズなんだろうね。
たとえば、知能指数とかどうよ。自分の指数を見たい(知りたい)と思わない? そういえば、小学校とかでやった「知能テスト」(いまもあるのだろうか?)なんて、オレ、気になってきになって仕方なかったよ。いまも任天堂DSとかであるじゃない。「IQテスト」みたいなゲーム。あれも目に見えないものの視覚化だよね。そういえば、iPhoneのアプリで「指紋からIQを測定する」ってのがあって、オレ、しっかりインストールしてるし。結果? なんと、「中の下」だったぜ!
あとは体脂肪率ね。オレにとってはかなり謎な世界なんだけどね。なんじゃ、体脂肪率って? みたいにね。でも、そういう「率」とかいわれると、なんか気になるでしょ。温泉とかに器具があったら、絶対に測ってみるよね、体脂肪率。あと、マニアックなのでは自宅の通信速度を測る「スピードテスト」なんかも一時期、すごい流行ったよね。オレも、何度もなんども計り直して、「やっぱ光ファイバーにしなきゃだなぁ」なんて悩んでいたよ。これも、速度という見えないものの視覚化だね。
そうそう、一昔前のトレンドだけど、「SETI@home」って聞いたことありませんか? パソコンにソフトを入れるのよ。そうすると、使っていない時間、つまりCPUに空きができると「地球外生物」からの通信を傍受し始めるのね。で、その様子がスクリーンセーバーとなってグラフィカルに表示される。あれはかなりワクワクしたよ。すごいビジュアルだったしね。うん、やっぱ視覚化の世界だ。
あと、オレの子供のころに「ラブテスター」ってのがあった。あれも任天堂じゃなかったかな。仕組みはいまでも謎なんだけど、恋人同士がハート形のデバイスを握り合うのね。すると、真ん中にメーターがあって、どのくらい愛し合っているかが表示される。当時、オレは小学生だったけど、もう彼女がいてね。どうしても、ラブテスターで2人の愛を確かめたかったわけ。で、親に「買ってくれ」とせがんだのだけど、相手にもされなかったね。任天堂さん、どうか21世紀のテクノロジーを駆使してもう一度、ラブテスターEXを出してください!
でもって、これが最後のヒントなんだけど、ちょっとおもしろいのがある。名付けて「ユーザー相手のSM」ってやつね。変でしょ。でも、これ、けっこういいポイントだと思うんだよね。まずは「M」のほうからいってみようか。
あ、いま全然、関係ないけど大切な話を思いついた。思いっ切り脱線するけど、許してね。よく、丁寧な言葉を使おうとして「ほう」を付けるヤツいるでしょ。「予算のほうはこのくらいですので、商品のほうを弊社のほうへご納品いただければ、わたしのほうでお支払いのほうはやらせていただきますので」。ごめん、むかついた? でも、これ笑い話じゃなくて、みんなやってるよね。
あのね、「ほう」を使っていいのは2つの選択誌がある場合だけね。「SMのSのほう」というのはOKなの。御社と弊社があって「あ、それは弊社のほうで対応します」もOK。でも、「それでは企画のほうを発表させていただきます」とか、「お支払いのほうは現金で?」ってのはバカだよ。オレはつっこむからね。「おい、企画のほうって、あと別のほうになにがあるんだよ」ってね。つーか、「ほう」なんて滅多に使わなくていいんだから、丁寧語の一種だっていう勘違いはいますぐ捨ててください。明日から「ほう」というたびにこの話を思い出してね。
あ−、すっきりした。で、なんだっけ? あ、そうだ。「ユーザー相手のSM」の「M」のほうね。これは、とても単純。もう、完全にユーザー側に立ってね、求めているであろうありとあらゆることを実現するのね。ただし、よくある「ヒアリング」や「アンケート調査」「グルイン」なんかに頼っちゃダメ。リアリティーを追求したイマジネーションの世界ね。
キーワードは「聞いちゃダメ」ですよ。だから「Mの世界」なの。もし、SMにヒアリングがあったとするでしょ。当然Sの人は「相手を思う存分いじめたい」と答えるよね。そこで、Mのほうが「いじめてくださーい」って叫んだとしたら、プレイとしてはどっちらけなんだよね。Mの正しい姿は、「Sの人がもう、心の底からいじめたいと思うリアクションはなんだろう?」と想像して、それを忠実にやることじゃない?
パシッと叩かれたら、ちょっと伏せ目がちに斜め下かなんかを見て、「あ、痛いです。いたいです。やめてくださいよぉー」とか、細々とした声でいうのよ。もう、叩いたほうとしては、「くぅーっ。イラッとするぅ。なんかもっと叩きたくなるぅ」って思うでしょ。Mの勝ちだよね。
「ユーザーが自分自身も気付いていない、潜在的なニーズ。“まさかそんなニーズが満たされるわけない”とあきらめかけていた急所」
こいつを突いてやるんだね。会社の都合とか、開発上の問題とか、いい訳はいっさいなし。とことん、Mとして女王様(ユーザー)のニーズを追求する。「ふん、そんなもの欲しいなんて、あたしはいってないよ。ふん、でも気になるじゃない。ちょっと貸してごらん」。こんな風に響く感じのヤツ。わかりにくかったですか。すみませんね。
で、反対の「S」のほうもおもしろいよ。今度はね、「思いっ切りユーザーに不便を強いる」ってヤツね。DIYなんてこの世界に近いと思うよ。本棚を注文するじゃない。届くのは板と留め具。あれ組み立てるのはもう、苦痛以外のなにものでもないんだけど、なんかやっちゃう自分がいるでしょ。メーカーがSでオレがMって感じがするよね。
あと、インドア派のオレにとっては「キャンプ」なんてのもSの世界だよね。テントで寝泊まりして、飯ごうで米を炊く。不便きわまりない。寝ようと思ったら蚊に刺されるし、動物の鳴き声がするしで、もう生きた心地がまったくしない。でも、こんなオレでも、「あ、なんか楽しいかも」って感じる瞬間があったりする。「もっといじめてー」っていいたくなる気分ね。
そう、この世は便利になりすぎたんですよ。夏は冷房、冬は暖房。ウェブでボタンをクリックすれば、翌日に欲しかった本が家に届く。昨日も書いたけど、商品の比較もネットでサクっとできてしまう。そんなぬるま湯みたいな日常に、組み立て前の本棚が届いたり、キャンプ場での生活を強いられたりするってのは、ものすごい刺激になるんじゃないか。
そうそう、10年くらい前に「説教パブ」ってのを企画したのね。お店にはキレイな女性がいるんだけど、普通のホステスとはちょっと違う。一緒に飲みながらめちゃくちゃ説教してくるのよ。「なに? そのダサいネクタイ。そんなの着けてるからモテないのよ」「さっきから会社の愚痴ばっかりいってるけど、アンタに根性がないだけじゃない」「つーか、奥さんいるのに、なんで毎日こんな店に来るの? とっとと帰りなさい!」。
どうよ? ある種の人たちにはたまらないサービスだと思わない? 「思いっ切りユーザーに不便を強いる」。これはある種のノスタルジーなのかもしれないね。すっかり便利で表向きだけ清廉潔白になってしまった世の中へのささやかな抵抗。真夏でもクーラーいっさいなしの「蒸し風呂通勤電車」。雨の日にオープンテラスでコーヒーを飲ませる「びしょ濡れカフェ」。なんか、日活ロマンポルノのタイトルみたいでけっこうそそられませんか? ダメか? うん、オレの限界はこのくらい。もう少しましな「不便企画」をイメージしてみてくださいね。
はい、これにて男塾特集シーズン1は終了。そうね、9月12日(土)のお申し込みも、今日、明日までだものね。そうそう、今回は「本気で創った企画書」っていうのが宿題になってます。これね、気楽に考えてくれていいですから。1年前に発表したやつでもいいし、「なんかこういうのあったらいいな、できたらいいな」みたいなドラえもん企画でもOK。A4用紙1枚にシンプルにまとめるのがベスト。それをたたき台にして「まったく、なってない!」なんて説教パブみたいなことしませんからね。男塾体験前に、素の自分がどんな企画書を書くのか。それを自分自身で確かめてもらうためのチェックシートみたいな感じ。つーかね、前回の男塾でもそうだったんだけど、人の企画書見るのが大好きなのよ、オレ。(おわり)

