男塾新章特集②『経験は身体と五感に刻み込む』
ひさしぶりに、たくさんのコメントありがとうございます。でも、コメントをいただいたというより、「こうして応援してるんだから、しっかり書いてね!」と叱咤激励されているような気分だねぇ。はい、ご期待に添えるよう、がんばります! まずは、みつるんるんさんから。「スポーツを含めた社会全体が、競輪の世界のようなしくみになるといいなぁと、zonoさんのコラムを読みながら再認識しました」。うん、素晴らしいねぇ。60歳で現役かぁ。「勝つ」「一番になる」という価値観とは別の「あり方」さえあれば、いくつになっても自分の好きな世界で仕事ができるはずだよねぇ。誕生日のメッセージもありがとう!
次は、うーん、Yutaさん。ひさしぶりですねぇ。「インプットの長い過程まで視野に入れると、企画は自分の人生と常に併走しながら熟成されているもの、自分の延長のようなものに思えました」。相変わらず、深くてうれしくなってしまう言葉だよね。そうなんです。企画とは生き様なり。ごまかせないんですよ。日々をどんなふうに生きているか、その時点で準備は終わっている。勝負の瞬間(発想の時)は、自分の生きてきた道のりを信じて、ひたすら出しまくるのみ。だから、楽しいんです。あと、スカートめくりの話ね。オレなんて、もう、気に入った女の子がいたら、片っ端からめくりまくってたからねぇ。あのころに子供でいてよかったと思うよ。ほんと、世知辛い世の中になってしまったもんだと悲しくなります。また、素敵なコメント送ってくださいね。ありがとう!
最後はTaizo16さん。こちらも、おひさしぶりですね。しかも、質問だね? 「ただ”あらゆる経験”というのは、相当意識していないと、偏ってしまうと思います」。ほぉー、深そうだね。「Zonoさんは、その偏りそうな経験を防ぐためにどのようなことをすればいいと思われますか?」。なるほどね。経験の偏りかぁ。これ、おもしろそうだから、今日のテーマにしちゃおうかな。企画とも深く関わっているような気がするしね。「直感とは経験から導き出された、もっともソフィスティケートされた答え」。では、その経験とはなにか? 企画を発想するための引き出しみたいな、こいつに焦点をあててみるよ。
まずね、
「直感とは経験から導き出された、もっともソフィスティケートされた答え」
こいつをもう少し詳しくというか、システマチックに分析してみたいと思う。このことは、「発想とはなにか?」の答えにもなるからね。
多くの人は、「頭で考える」という作業を「脳」が行っていると捉えているよね。医学的見地からしてもそうなのかな? でも、オレはこのことにどうも違和感を覚えてならない。脳みその中にあらゆる情報が蓄えられていて、同じ脳でそれらを分析して、やっぱり脳内で最適な答えを出す。なんか、違うと思うのね。
たとえば、ギターなんかの楽器を弾く場合を想像してみて。左手で複雑なコードを押さえて、右手でさらに複雑なフィンガリングを行う。左右併せて10本の指が、ものすごい速度で縦横無尽に動き出すのね。これらの動きを全部、脳からの指令によって行っているなんて、どう考えてもおかしい。このあたりから、脳に対するオレの疑いは芽生えはじめたわけ。
じゃあ、どうやって楽器を弾いているかというとね、これは完全にオレ独自の見解で、証明しようもないのだけど、こんな風に捉えている。
「指先にも脳がある」
変でしょ。変だけど、そうじゃないとつじつまが合わないんだよね。ほら、たとえば、「布の手触り」とか、「水の冷たさ」とか、「花の香り」「圧巻な景色」なんかも同じじゃない? 一般的な解釈では、すべては五感のインターフェイス、つまり、指先、皮膚、鼻、目から刺激が入って、それを脳で認識しているという仕組みらしいのね。でも、脳じゃなくて、「指先が覚えている」って感覚になることってないですか?
楽器の話、五感の話、全部まとめて結論をいうとね、
「我々は身体全体に情報を蓄積している」
とオレは感じているのね。「身体で覚える」という言葉どおり、我々の身体は、感じたり経験したりしたあらゆる情報を、「感じた部分で覚えている」ってこと。ただし、その身体で覚えていることというのは、とても単純な情報でしかない。「気持ちいい」「痛い」「くすぐったい」「キレイ」「まぶしい」みたいにね。1つの形容詞で表せるような、とてもシンプルな情報。
でも、シンプルであるがゆえに、「強烈」なんですよ。ほら、「百聞は一見にしかず」ということわざがあるでしょ。あれだよね。本で読んだり、映画で観たりする景色も、それなりに記憶としてインプットされる。でも、実際に自分の目で見たものと比べたら、それはもう弱いよね。いわゆる、バーチャル体験と実体験の違いですわ。写真で見る奈良の大仏と、現地で観る生の大仏の違い。迫力、空気感、流れる気。別物といってもいいくらいの違いがあるよね。
さて、そういうシンプルで強烈な情報を体中に蓄えているとする。脳はここでおもしろい働きをしてるんじゃないかと。なにかというとね、
「高度な検索&編集機能」
だとオレは思うね。最初に質問がある。たとえば、「新商品のアイデアは?」とかね。そこで、脳は身体全体にインプットされている情報にアクセスし始める。先に書いたような強烈なやつにね。もちろん、膨大な数の情報の中には、今回の質問に必要なものと、そうでないものとがある。まずは、使えるヤツをザクッと集めるよね。そんでもって、それをどんな風に組み合わせたら「アイデア」としてアウトプットできるかを分析する。で、「こんなん出ましたー」みたいに最適解を編み出してくれる。
この間、おそらく1秒足らずだね。これがいわゆる「直感」というやつ。ほら、よく「アイデアが降ってくる」っていうでしょ。オレ的には「降ってくる」はちょっと違うね。正確には「沸いてくる」だと思うよ。自分の身体から沸き上がってくる。天からじゃなくてね、体中の細胞とかDNAとかから「じわっ」と上がってくる感じ。
でもってね、「考える」ということを意識すると、脳から身体へのアクセスが遮断されちゃう。楽器も同じよ。「こう指を動かしたい」と思えばおもうほど、指は動かなくなるからね。このときに、「天から降ってくるのを待つ」姿勢を保っておくと、「考える」ことから意識が外れる。そうすると、先の「検索&編集機能」がスムーズに運ぶんだね。だから、多くの人が「降ってきた」って表現するんじゃないかな。
長くなったけど、こうしてみると、経験というのは、
「身体に刻み込まれたリアルな情報」
ってことになるでしょ。血肉になって五感のインターフェイスに刻み込まれてなきゃダメ。「経験の偏り」という意味でいうなら、ここが最初の注意すべきポイントだろうね。間接的な情報ばかりを集めていると、経験が「バーチャル」方向に偏っちゃう。海の映像を見るのではなく、自分の身体で冷たい水、打ち寄せる波を体験する。AVばかり観ていないで、本当のセックスをする。もちろん、TVゲームもバーチャルだよね。
ある専門分野の企画を発想する上で、「商品知識」というのは欠かせないよね。たとえば、オレに「F1レースカーの企画を出せ」とリクエストしたとしても、たぶん、ろくなものは出ないだろうね。なんてったって、知識がゼロだからね。いま、レースカーがどのくらい進歩しているかわからないし、どんなニーズがあって、どんな課題があるのかも知らない。
こういう「ベースの知識」にしても、やっぱり、「身体に刻み込む」方式で経験値にしたほうがいいと思うな。商品カタログを隅からすみまで暗記するんじゃダメだよね。そうじゃなくて、実際に使い込んでみる。食品だったら食べまくって、飲みまくって、身体にその商品の体験を叩き込む方がいいよね。
「送電線」みたいな部品とかでもそれは可能だと思うよ。工事現場で実際に送電線を張っているところを見せてもらうとかね。1人、部屋に閉じこもって全裸に送電線を巻き付けてみて、その感触を身体に染みこませるとかね(さすがに、それはねぇか?)。
で、さらに偏りの話。リアルとバーチャルの偏りがないとする。ここをクリアした先の、オレの基本的な立場はね、「経験は偏ってた方がいい」なんだなぁ。なぜならば、
「経験の偏りはオリジナリティーにつながる」
と信じているからなんだよ。ただしね、漫然と来るものばかりを受け身でもらっているだけじゃダメ。それで偏ったなんていってても、たいした個性にはならない。そこに、「強い興味」がなくちゃ始まらないんだね。「好きこそものの上手なれ」の言葉どおり、抑えきれないほどの衝動を生み出す興味があってこその偏りね。
オレの経験では、仕事のできる人、できない人、アイデアが発想できる人、できない人、その分かれ道は、
「自分が強い興味を抱いた事柄について、実際に行動を起こせるかどうか」
だと思うんだな。すごく単純なたとえでいえば、「あ、この映画観たい!」とCMを見て感じたら、必ず映画館に行ったり、DVDを借りたりするかどうかの違い。ピアノが弾いてみたいと思ったら、本当にピアノを買うか買わないか。料理をしてみたいと感じたとき、料理教室に通うかどうか。自分の興味に忠実に、素直に行動するかどうかだよね。
興味に裏打ちされた経験というのは、あたりまえだけど偏ってしまうよね。悪くいえば、「好きなことしかやらない」わけだからね。でも、これが重要なんだな。先にも書いたとおり、経験というのは身体に刻み込まれるほど強烈じゃなきゃ役に立たない。つまり、「これもやっておかなきゃ、これも知っておかなきゃ」程度の義務感で動いても弱いんだね。それよりも、「これがやりたい!」「どうしても、これを見ておきたい!」というパッション、情熱から得られた経験にこそ価値があるってことかな。
でね、例外もあるけれど、人の興味というのは流行みたいなものだったりもするでしょ。「マイブーム」って言葉があったよね。まさに、あれね。ある事柄にガーっとはまって、「あれ、なんか最近、燃えなくなったなぁ」と感じたら、サッと引いて、また次の興味にまっしぐら。こういうのがいいと思うな。もちろん、一生ものの「生き甲斐」みたいなヤツとはずっとつき合うにしてもね。「熱しやすく冷めやすい」は、アイデアを発想する人にとって、ある種の才能みたいなものかもしれないと思うよ。
経験の偏りについてもう1つ。Taizoさんが気にしている部分は、もしかしたらここかもしれない。先の興味の話と完全に矛盾するけどね。矛盾は仕方ない。こういうとき、オレは「あいまいさを受け入れなきゃね」と思うことにしてる。なにがいいたいかというとね、
「できる限り、多くの素晴らしい人と仕事をすること」
ですよ。数が多けりゃいいってもんじゃないよ。「素晴らしい人」が重要ね。キレれがいい人、センス抜群の人、ファシリテーションがうまい人。どんな分野でもいいから、「すごい!」と思える人と、実際に同じ現場で仕事をしたいね。刺激だよね。その人のすごさにどんどん刺激を受けなきゃダメ。で、刺激を受けたらマネをしてみる。その人になったつもりでね。口調でもいいし、なんかのクセでもいいし、とにかく盗んで自分でやっちゃう。
これほど、貴重な経験はないと思うな。いわゆる「独りよがり」にならないためにもね。矛盾じゃなくて、バランスなのかな。片方に、自分の熱い興味に裏付けられた偏った経験を持つ。もう片方に、自分1人だけでは決して味わえない「他人からの刺激」という経験も蓄える。これで鬼に金棒というわけですよ。
最後に付け加えるなら、「あらゆる経験から逃げないこと」も大切ね。楽しいこと、つらいこと、悲しいこと、むかつくこと。喜怒哀楽に貴賤をつけずに、全部を味わい尽くすこと。失敗しそうだったら、失敗という結果までつき合わないとダメ。ピンチなときは、どこまで自分が落ちていくのかを見定めなきゃ意味がない。「ケリを付ける」という言葉どおり、いいこともよくないことも、エンディングまでしっかり見ましょうね。
はい、今日はこんな感じかな。Taizoさん。ちょっと期待に添えたかどうか自分でも疑問ですが、これがオレからの素直な回答です。それから、「企画の発想」というテーマからかなり逸れたと感じる方も少なくないと思います。でもね、この経験って発想とは切ってもきれない関係にあるから、ご安心を。これがなくっちゃ、アイデアなんて出てきませんからね。
さて、男塾第四章まで、あと5日。なんと、29日(土)の回にあと2つ空席ができました。今回は、リアルな企画書を持ち込んでいただく完全なる実践編。企画だけじゃなく、プレゼンから実行における問題解決の秘策まで、もう、オレの持ってる技をすべてお伝えする予定です。おそらく、27日(木)くらいまでは、お申し込み可能だと思います。ちょっと迷っている方は、ぜひ、この機会にトライしてみてくださいね。みなさんにお会いするのをマジで楽しみにしてるよ、オレ。(おわり)

