男塾新章特集①『インプットとアウトプット』
みなさん、おひさしぶりです。このブログ、とてもながーい夏休みを取っていたということで、お許しくださいね。今日から、またバリバリ書いていきます。そうそう、8月9日に開催の男塾 第二章『プロフェッショナルの流儀』の参加いただいたみなさん、本当にありがとうございます。今回は、取締役社長や、支店長、マネージャーなど、管理職の方ばかりで、かなりレベルの高いセッションになりました。オレもほんと、勉強になりましたよ。
さて、再来週の土曜日から、いよいよ男塾新章のスタートです。今回のテーマは『企画力・プレゼン力・行動力を磨く』。なんといっても、企画書持ち込みが宿題になっている実践編だからね。オレも、いまからものすごく楽しみですよ。というわけで、今週から来週にかけて、新章の特集ということで書こうと思う。最初は、そうね、企画の話から行きますか。
「企画」と一言でいっても、いろんな要素があるよね。以前に何度か書いた「思い」も、もちろん大事。思いなしには企画は成り立たないとオレは信じているからね。で、思いが定まったら次は「発想」だよね。アイデアや知恵を絞り出す番というわけ。まぁ、いうならば、最初の勝負所だろうな。みなさんは、この発想の時になにをしているだろうか?
注意してほしいのが、よくありがちな間違いというか、罠ね。落とし穴といってもいい。どんな罠かというと、
「情報収集を始める」
ってヤツね。「さぁ、アイデアを出さなきゃ」というときに、Googleで検索を始めちゃう人がいる。企画のテーマがたとえば、「新しい文房具」だったら、文房具メーカーやらアスクルのサイトやらで、既存の商品のリサーチをやったりね。どこかのシンクタンクでマーケット調査のデータなんかも集めたりもして。で、見つけたウェブページを全部、プリントアウトしてね。しまいにはA4用紙の分厚い束ができちゃう。
ここには2つの落とし穴があることに気付かなきゃいけない。1つ目は、優等生にありがちなヤツだね。つまり、
1)アイデアを発想するという作業は目に見えない。そのため、自分がいま仕事をしているという実感を持ちにくい。そこで、検索や情報収集をやり、集めたデータを資料化する。目の前に紙の束が貯まっていく。それを見て、「ああ、オレは(わたしは)いま、アイデアを出している最中なんだ」と勘違いする。
わかるかな? つまり、発想というプロセスは「雲をつかむようなもの」ってこと。つかみどころや拠り所がないんだね。ものすごく不安だし、たとえばオフィスでそれをやっていたら、単にボーッとしてさぼっているようにも思われかねない。だから、なんでもいいから手を動かし、考えているという証拠を残したがる。
ね、でもよく考えてみればわかるのだけど、資料をいくら集めたからといって、いいアイデアが出ているわけではないよね。自分で自分をだましているというか、暗示にかけているようなものだから、気をつけなきゃいけないよね。
でもって、2つ目。どちらかというと、こっちのほうが重要だね。重要なんだけど、一般にはあまり認識されていない部分。こういうことね。
2)人の頭は「インプット」と「アウトプット」を同時には行えない。
オレは脳学者ではないから、科学的にこのことを検証したわけではないのだけど、自分の経験や、一緒に仕事をしてきた人たちから聞いた話を元に、おそらく間違いではないと思っている。そうなんですよ。人の脳というのは、たぶん「シングルタスク」に違いないのよ。
ほら、有名な聖徳太子の話があるでしょ。一度に7人の人の話を聞き分けたってやつね。あれが伝説になるくらいだから、やっぱ、普通は1人の話しか聞けないってことじゃない? 2人きりで話していても、ちょっと頭の中に別の気になっている事柄なんか浮かんだ日には、もう「うわの空」でしょ。
つまりね、「アイデアの発想」というのは「アウトプット」の世界でしょ。で、情報収集は間違いなく「インプット」。これを同時にやっちゃあ、出るものもでなくなるってことね。ちょっと下品なたとえだけれども、便器に座りながら、同時に食事をしているようなもんじゃないかって。
さらに悪いことにね、多くの人は「情報がたくさんあればアイデアの素になる」と信じているみたいだけど、ここにもちょっとした誤解があるように思うわけ。前に、「直感」の話をしたよね。オレの直感に対する解釈は、「直感とは経験から導き出された、もっともソフィスティケートされた答え」なんですよ。この「経験」というのが重要ね。「情報」は「経験」ではない。
ちょっとややこしいかもしれないけど、ここのところはとても重要だから説明させてね。実は、経験を得るためには情報は必要なんだね。たとえば、「場数を踏む」という言葉がある。さまざまな状況を自分で体験して、こういう場合はこう対処すればいい、こういう問題はこう解決すればいいみたいに、いろいろな技を身に付けていくことだよね。つまり、対処法や解決法という情報を現場で得ているということでしょ。
ということは、情報が血肉として身体に刻まれたとき、それらは「経験」として我々の体内に蓄積されるってことなんだね。単なる情報収集では、決して血肉にはならない。たとえば、本を読む。そこに素晴らしいことが書いてあったとする。けれども、それを読み終わった段階では、それらはまだ「情報」に過ぎない。人生のある場面で、その情報を活用してなにかに対処してみたとき、もし、それが自分にとってうまくいく方法だとしたら、そこで初めて情報は「経験」に昇華する。
結論をいうとね、アイデアを発想するという「アウトプット」の段階で情報収集をしても、間に合わないってこと。遅いんですね。アイデアを求められる前に、日ごろからインプットをしておき、それらを「経験」にまで高めておかなきゃ間に合わない。要は、「あきらめなさい」ってことね。発想するときが来たら、それまでの自分の経験を信じて、インプットなしにドーンと出してみるってこと。
「それでもやっぱり不安だから」って声も聞こえてきそうですね。じゃあ、もう1つ、情報収集のよくない点を挙げておこうかな。それはズバリ、「影響」ですね。企画にとっての理想的なゴールは「唯一無比」だとオレは思うのね。実際には、頭の先から足の先まで「この世にないもの」を創造するのはとても困難。まぁ、そう簡単には創れやしない。けれども、「ここだけは新しい」っていうものを部分的に取り入れることはできなくもない。
その「新しさ」「斬新さ」こそが、企画にとっての命でしょ。いうならば、冒険、開拓の世界だし、さらに極端に表現すると、ギャンブルや賭けといってもいい。勇気がいるんだね、企画には。真っ暗な道を明かりも付けずにダッシュしていくような感覚じゃないかな。その暗い道のりを走りきった人だけに、「オンリーワン」の称号が与えられるんだと、オレは信じているね。
その道のりにとって、情報というのは「はかない拠り所」になっちゃうんだね。見えない道の下を見てみたら、前に通った人の足跡が付いていた。「あ、これをたどれば出口にたどりつくかも!」と、我々は思ってしまう。すがるような思いでそのあとをつけていくと……、ね、先人がやってしまったアイデアにたどり着いちゃうんだよね。マネ、模倣品、二番煎じの世界。
究極の答えはね、「企画とは経験値と“知らぬが仏”の絶妙なバランスによって、唯一無比へと導かれる」だと思うね。アイデアを発想する前の段階で、あらゆる経験を積んでおく。本を読み、映画を観て、音楽を聴き、ニュースを見まくり、新聞も読んで、自社の製品について完璧な知識を持つ。日々の努力ってやつだね。でもって、発想のときが来たら、一切の情報を遮断して、変な影響を受けないようにアウトプットに徹する。これが今日の結論です。
次回は、そのアウトプット、発想法について詳しく書いてみようと思います。お楽しみに!
そうそう、昨日、オレは47歳の誕生日を迎えました。JOYWOWの素晴らしいメンバーによる、サプライズパーティーもあって、ひさしぶりに涙が出そうなくらい感動しました。友だちが少ないと自負していたオレなんだけど、気付いてみれば、けっこうたくさんいるじゃないってね。でもって、歳をとることが全然、イヤでなくなっているオレがいました。明日配信予定のJOYWOWメルマガにそのあたりのコラムを書いたので、よかったら読んでみてね。誕生日という一区切りを迎え、心機一転、ものすごくやる気になっているよ、オレ。(おわり)


zonoさん、まいど!です。誕生日おめでとうございます(^▽^)/
メルマガのコラム読みました。
ハマのおじさん、工藤投手のような生き方は私も好きです。
一時期、競輪にハマっていた時期があるんですが、60歳近くの選手が
現役でがんばっています。スポーツを含めた社会全体が、競輪の
世界のようなしくみになるといいなぁと、zonoさんのコラムを
読みながら再認識しました(^o^)ゞ
ZONOさんこんばんは。
お誕生日おめでとうございます(^^♪
今回も貴重な特集をありがとうございます。
>「企画とは経験値と“知らぬが仏”の絶妙なバランスによって、唯一無比へと導かれる」
様々な大切な要素が凝縮されたフレーズに、興奮してしまいました。
インプットの長い過程まで視野に入れると、企画は自分の人生と常に併走しながら熟成されているもの、自分の延長のようなものに思えました。
以前、顔に刻まれる表情のお話があったと思うのですが、顔と同様、企画というのも生きた表情を持つものだというイメージが湧きました。
また、木から仏様を取り出すというお話に感動を覚えたのですが、アウトプットはそれまでのすべて(自分や自分を取り巻いていたものの歴史)によってある形が決まってしまうものであり、その段階に立つ自分の思考では、誤魔化し・修正が効かないものだという厳しさも感じました。
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トークライブも楽しく聴かせていただいています。
特に、婚活や禁煙の話題で、生命としての人間への立ち入りに関するご指摘に、強い共感を覚えました。
最近のニュースで、スカートめくりをした中学生が自殺してしまった事件がありましたが、生命としての人間が、潔癖な倫理や規範によってしめ出されてしまっているようで、悲しく思いました。
Taizo16です。
”「直感とは経験から導き出された、もっともソフィスティケートされた答え」なんですよ。この「経験」というのが重要ね。”
同感です。
直感は、経験から、思考のステップを飛ばし結論を得ることだと思います。
ただ”あらゆる経験”というのは、相当意識していないと、偏ってしまうと思います。
私の場合は、ある分野のことはこの人の紹介することをやってみようとか、紹介する本を読むとか”自分で勝手に師匠制度”をしています。(相手に面識がない場合もあるので、了承はとっていませんが)
Zonoさんは、その偏りそうな経験を防ぐためにどのようなことをすればいいと思われますか?
トークライブは抜群におもしろいです。