『プロフェッショナルの流儀』特集〜① 趣味から生まれるものはなにもない

先日、男塾のご案内をこのブログに書いたところ、さっそくお申し込みをいただいた。「今回はどのくらいの人が集まってくれるだろうか」と、本当のところハラハラ、ドキドキしているから、とてもうれしかったね。なかでも、第2章『プロフェッショナルの流儀』のアンコール開講にもお申し込みがあったっていうのが最高! 「これ、ニーズあるかな?」とか思ってたので、ちょっと気分よくしてます。ということで、今週(もしかしたら来週も?)は『プロフェッショナルの流儀』特集って感じで書いてみようと思う。

趣味から生まれるものはなにもない

すべてはこの言葉から始まった。そう、日本が誇る偉大なアーティスト、岡本太郎氏の金言です。

われわれはなんのために働くのか?

この質問に多くの人はこう答えるよね。「お金のため」「食べていくため」。つまり、仕事は手段というわけだ。仕事とは別のところに「しあわせ」があって、それを成り立たせるための手段が仕事。その「別のところ」はなにかというと、たとえば「趣味」だったり、「家族の安心」だったりする。そのために、ある一定の時間を犠牲にして、お金を稼がなきゃならない。これが一般的な「仕事」との関わりなんだね。

ちょっと待てよ。計算してみようじゃないの。仕事に行く日は朝7時に起きて、8時に家を出て9時に会社に着き、なんだかんだ残業とかして夕方6時に会社を出る。家に着くのが7時から8時だとすると、1日に12時間から13時間を「仕事」に費やしているわけだよね。それが1か月に20日あったとして、だいたい250時間くらい。残業がもっと多い人なら300時間くらいはいくかもしれない。1日に6時間寝るとして、われわれの活動時間は18時間。1か月の総人生時間は540時間となる。てことは、人生の約半分以上を「仕事」に費やしていることになるよね。

それを全部、「手段」として見るってのはどうなんだろう?

これが、若いころから持ち続けていたオレの大きな疑問なのね。でも、団塊の世代といわれた人たちは確かにそうやって働いていたよね。「忍耐」「がまん」「家族のため」。手段だからね。それ自体になにかポジティブなものを求めるほうがおかしい。高度成長の時代というのはそういう犠牲のうえに成り立っていた。もちろん、オレたちもその恩恵を少なからず受けているから、全否定するのはあまりに失礼のようにも思う。

でも、その結果、なにが生まれたかというと、「熟年離婚」「定年退職後に生き甲斐を見いだせない人たち」だったでしょ。なにかがおかしい。だれが見たってそんな人生はしあわせじゃない。仕事とは、それほどに人生を消耗させ、人々のエネルギーを吸い取ってしまうものなのか。そこで出会ったのがこの言葉だった。

趣味から生まれるものはなにもない

どう読み取るかは人それぞれだけどね。オレはこう解釈した。

多くの人は、仕事で金を稼いで、休日にゴルフなんかの趣味を楽しめばいいと考えている。その趣味のほうが自分のしあわせで、仕事はそれを成り立たせるための手段。だから、仕事自体は楽しくなくていい。じゃあ、趣味のゴルフでスコアを落としたとき、人はどのくらい震えるのか? 石川 遼選手が先日のミズノオープンよみうりクラシックで、優勝を目前にして二度のOBを叩いたときの心境。それを趣味で体験できるのか? 草野球で負け投手になったとき、WBCの決勝で9回裏に同点にされたダルビッシュ投手と同じ気持ちを味わえるのか? 答えはすべてNO。つまり、趣味から本当のしあわせを得られることはない

2つの50階建てくらいの高層ビルに、幅20センチ程度の橋を渡す。距離は約100メートル。この橋を命綱なしで渡りきるとしたら、命がけだよね。これが、地上30センチの高さだったらなんてことない。この違いが趣味と仕事にも当てはまるとオレは思っている。「真剣」「命がけ」「自分の人生を賭けて」。こういう文脈の中でこそ、人は本当の達成感や自信や存在価値を見いだせる。でもって、それらを見いだしたとき、われわれは心から感動でき、「ああ、しあわせだなぁ」と実感する。

つまり、「手段」だった仕事を「目的」にすること。この大転換なしには、オレたちは「本当のしあわせ」を見つけられないんじゃないか。「われわれはなんのために働くのか?」の問いに、「仕事こそが生き甲斐だから」と答えられるようになること。これが、男塾第2章『プロフェッショナルの流儀』のゴールであり、スタート地点なんだね。

目的が「家族の安心」という場合も同じ。それはとても大切なことだけど、「じゃあ、あなた自身のしあわせは?」と聞かれたときになんと答えるか。「家族の喜ぶ姿を見ていればそれでいい」と一粒のウソなしに言い切れる人なら、オレごときの小物がとやかくいえる余地はまったくない。でも、オレ自身はとてもそんな風に考えられない。「やっぱり、オレもしあわせじゃなきゃイヤだ」ってのが本音。だから、どん欲に人生の大半を占める「仕事」にしあわせを見いだしたいと願っている

じゃあ、その仕事自体にしあわせを見いだすためには、どんな風に働けばいいのか? この問いにオレなりの答えを出したのが『プロフェッショナルの流儀』というわけ。明日から、いよいよ、その中味を書いていきます。

そうそう、最近、いろんな人から「男塾ブログ読んでますよー」っていわれてうれしい。その反面、「でも、あの量というか長さはすごいですよね。だから、全部、読めてないんですけどぉ」と続けられると、複雑な思いもしちゃう。そういわれて「じゃ、短くしよう」って軽く変えちゃうと、マーケットインぽくてくやしいんだけどね。いろいろ吟味した結果、「しばらく、ミドル版って感じでちょっとだけ短くしちゃおうかなぁ」なんて思ってます。読者にやさしいでしょ? つーか、日ごろから偉そうなことをいってますが、けっこうまわりの人の意見とか気にしちゃう小心者だからね、オレ。(おわり)

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