人生の目的

昨日、念願のJOYWOW教科書がついに完成した! 正式なタイトルは『JOYWOW「あり方」の教科書』になった。全174ページにわたる、けっこうな大作だ。7人の真打コンサルが、それはもう心を込めて創った傑作だね。販売は当面、JOYWOWのウェブサイトでのみ行う。うちには数々の著書を発表しているけーちゃんこと、阪本啓一がいるのだから、通常の書籍のように出版社から出そうと思えば出せなくもないのだけど、今回はあえて自主制作&自主販売することに決めた。この教科書には、いろんな意味で新しい試みが注入されているからね。制作や流通も既存ルートではなく、新しく創ってしまおうとの思いからだ。おそらく、近日中に販売が開始されるはず。どうぞ、みなさん、めいっぱい楽しみにしていてくださいね!

さて、今日のテーマは「人生の目的」。「我々はなんのためにこの世に生まれ、なにをするために生きているのか?」っていう、ものすごく壮大な話。でも、実はとてもシンプルだったりする。でもって、「人生の流れに乗る」ためには欠かせないものでもある。そんな話をしてみたい。

オレは、人生って「海の真ん中で小さな帆船に乗っているようなもの」だと思ってる。一生懸命、自力で漕ぐこともできるのだけど、結局は潮の流れや、風向きの影響を受けざるを得ない。どんなにがんばっても、「自然の影響」からは逃れられない。時化(しけ)のときは身を潜めてじっとしているしかないし、凪(なぎ)のときには思う存分、自力で漕いで行ける。でも、腕のいい船乗りなら、波や風向きに合わせて船を進めるよね。

オレは、人生にも波や風向きと同じような「流れ」というものがあると思ってる。「自分の人生は自分自身で決めて動かす」といいたいかも知れないけど、そう思い通りにいかないことは、それなりの歳を重ねればわかることだよね。「」みたいなもののあるし、「時期」「タイミング」なんてのも関係してくる。さらに、「人との関わり」も大きいじゃない。つまり、人生は「自分の力でなんとかなること」と「自力ではどうにもならないこと」の2つの要素でできているんじゃないかと。ね、そういう感じしませんか?

その「自力ではどうにもならないこと」を、オレは「流れ」と呼んでいるわけね。しかも、この「流れ」というヤツは、海の波や風と違って、無目的に船を漂流させたりしない。本当はもっと人に優しくて、

その人を最善の方向に導こうとしている

とオレは捉えているのね。ある瞬間は苦難に思える出来事も、中長期的に眺めてみると、その人にとって必要な受難だったり、新たな知恵や能力を得るためのハードルだったりする。だから、基本的に「流れに乗ってさえいれば、道を間違うことはない」とオレは信じている。

問題はね、この「流れ」というヤツが目に見えないってことなんだね。運とか流れを意識したことがない人にとっては、とてもオカルトチックで非科学的で、まるで現実味がない。でも、身の回りを見渡して、これまでの人生で起こったことを思い出してみると……。ね、不思議なことがたくさんあるでしょ。「あの日、なぜ、いまの旦那と出会ったのか」「なぜ、あの大学に受かったのか」「どうして、いまの会社に入ることになったのか」「いま、なんでこの本を読んでいるのか」。さまざまな出会いや選択が、どんな風に自分に訪れたのか。振り返ってみると、見えない力に動かされているように思うことはない?

逆もあるね。どうがんばっても手に入らなかったこと。一生懸命に努力したのに報われなかったこと。1つや2つはあるでしょ? なんだかよくわからないけど、向かい風に逆らって生きているような時間。窮屈で、いつも「なにか違うんじゃないか」って思いながら暮らしている感じ。もしかしたら、それって「流れに逆らっている」状態だったかもしれない。そんな風に感じてみると、大なり小なり、「自分の人生にも確かに流れってあったかも?」って思えないかな?

さて、ここからが本題。では、どうやってその「流れ」とやらを感じ取ればいいのか。でもって、それに「乗る」ってどういうことなのか。ね、それが知りたいよね。オレもずっとその方法というか、秘密を探っていたね。まだまだ、本質にはたどり着いていないけど、あながち遠くないって答えは見つけたような気がする。

人生の目的を明確に持てば、自然と流れが見えてきてそれに乗れる

っていうのがいまの結論。「人生の目的」とは、航海でいうところの「ゴール」と同じ。大海原に浮かんだ小さな船が自分だとする。波も風も刻々と移り変わる。もし、行き先が決まっていなければ、どの波に乗るか、どの方向の風に帆を合わせるかわからない。それと同じかな。1人で生きているわけじゃないからね。人生にはいろんな人が現れるし、いろんな誘いや、選択肢が目の前に出てくる。さて、どの人と一緒にどんな選択をしていけばいいか。航海と同じく、ゴール、すなわち「目的」なしには決めかねるよね。

さらに核心に入っていくよ。では、どうやれば「人生の目的」が決まるのか。まずね、大前提として「人生の目的」は一度、決めたら絶対に変更できないものじゃないってこと。逆だね。どんどん変えてもいいわけ。ただし、積極的に変えようとするものでもない。時期やタイミングが来たら、「ああ、オレの(わたしの)目的がこんな風に変わっていくんだなぁ」って感じられるもの。だから、「変え時が来た」と感じたら、躊躇なく、素直に変更すればいい。スペインを目指して進んでいたんだけど、途中にすごくキレイな島が見えて「目的地をこっちに変更!」ってやるような感じかもね。

一度、決めた目的のために不自由にならない

ってのが大切なわけね。何度もいうけど、これが大前提。

はい、じゃあ、いよいよ目的に迫りましょうか。最初にやるのは、

魂の声を聴く

だね。魂の声を聴くっていうのは、簡単なようで難しくて、結局は簡単。変でしょ。日頃から魂の声を聴き慣れている人にとっては、なんてことないんだけどね。「魂」なんてものの存在を意識したことがない人は、そもそもどこに魂があるのかもわからない。そうね、静かな部屋で、気持ちを落ち着けて、仕事や人間関係や金銭や将来なんかの「不安」をすべてどこかに置いておく。でもって、自分の能力や財産が無限にあると想像する。もし、その方がわかりやすければ、6歳くらいの子供時代に戻ったと想定してもいいかもね。そんな「無垢」な状態をなんとか創って、

あなたが一番ワクワクすることってなに?

って自分に聞いてみる。そこで、本当に楽しくなった部分が「魂」なんだね。さぁ、なんて答えが返ってくるかな? ちょっと涙が出そうになったりしたら、たぶん、魂へのアクセスが成功している証拠だね。そこで、素直に答えてみるといいね。それが「人生の目的」にとってのOS(オペレーションシステム)みたいなものになる。忘れないように紙に書いてみるのも悪くない。

もし、答えが出ないようだったら、質問を変えてみる。

これまでの人生であなたが心から楽しいと思った出来事はなに?

これでも、かなりの確率で魂の声が聴けるはず。とにかく、ピュアに損得や制限なしに答えることね。

はい、次。「自分の得意なもの」をありったけ挙げてみる。「文章を書く」「話をする」「人の話を聞く」「営業」「お金の計算」「セックス」「ナンパ」「早食い」……。なんでもいいから「これをやらせたらうまいぜぇ」ってヤツを手当たり次第に思い浮かべてみるのね。くだらないことでもなんでもOK。「まったくない」っていう人がいたら、もう本当にしょうもないことでもいいから無理矢理挙げる。「笑顔」「人の気持ちに共感できる」とか、だれでもできそうなことでも気にせずに挙げる。これも、紙に書いておくといいかもね。

で、最後。自分の身近なところを眺めてみて、

その小さな世界がどうあってほしいか?

を想像してみる。「身近なところ」の範囲は、「いまの自分に興味があるところまで」って感じかな。自分にしか興味がないのなら、「自分自身がどうあってほしいか」だし、家族までいったら「家族がどうあってほしいか」を想像する。で、会社まで興味がある人はそこまで、さらに、「この日本」までいくなら日本の理想の将来を想像する。もちろん、「世界」や「地球」規模まで本気の興味が持てるなら、「全人類がどうあってほしいか」に行っちゃえばいい。規模が決まったら、

そのために自分にできることはなにか?

を想像してみるのね。これも、もちろん、小さなことでも大きなことでもOKよ。「ゴミを拾う」から「政治家になる」まで、ありとあらゆる「自分にできること」を発想してみるわけさ。いまの自分にその能力がなくっても全然、気にすることはない。「できること」は「その気になればできること」って思うといいかもね。

はい、まとめてみましょうか。3つのステップがあったよね。

1)魂の声を聴く
2)自分の得意なものをすべて挙げる
3)興味のある世界がどうあってほしいかを想像し、その実現のために自分ができることを見つける

ここまでやったら、すべての答えをいったん忘れて(といっても頭の片隅に残っている。それでOK)、「というわけで、わたしの人生の目的はなに?」と自分に問いかけてみる。暫定的でもいいから、なんらかの答えを見つける。これで完了! おそらく、ドンズバではないにしろ、けっこういい線で「人生の目的」に近づいているはずだよ。なんかすっきりしないなら、日を改めて、そうね、一週間くらい空けるといいかな。もう一度、3つのステップをやってみる。それぞれの答えが変わっていたりするとおもしろいよね。「あ! いいかも」と思えるまで、やってみるといいんじゃない?

で、不思議なことに、頭では「これが自分の人生の目的」とわかっていながらも、なんか抵抗を感じることがある。たとえば、いまやっている仕事とまったく関連性がなかったり、その目的を掲げるといまの生活と矛盾することが出てきたりね。身体が拒否反応を起こしちゃう感じね。そういうときも、焦らずに、場合によっては1年くらい目的なんて考えずに暮らしてみてね、また、その気になったら思い出してみるわけさ。もしかしたら、2年後、3年後に「やっぱりこれしかねぇかな」って思えるかもしれない。そのくらい気長にやってもいいと思うな。

もし、幸運にも「これだ!」って目的が見つかったら、あとは簡単。自分の身の回りで起こっているあらゆること、自分の前に現れるさまざまな人。それらが、その目的に沿うものか、まるで関係ないものか、それを見極めればいい。それが、自分の人生を最善のものにしてくれる「流れ」というわけ。ただし、損得計算とかしちゃダメだよ。「この人がいればいいコネクションができる」とか「こっちのほうが楽だ」とかね。前にも書いたけど、流れはいつも凪ばかりじゃない。時化もある。場合によっては厳しいと思えることを選ばなきゃいけなかったりする。あくまで、人生の目的に沿うか沿わないか。そこだけをピュアに見て、感じればいいってことね。

うん、この話も体験しながらじゃなきゃわからない部分が90パーセントだと思う。だから、また機会を見て別の角度でも書いてみようと思う。なんとなく、「流れ」や「目的」ってものがあるんだなって感じてくれればいいかな。で、「ああ、これのことかぁ」って出来事に遭遇したら、思い出してみて。という感じでおしまいかな。

今日は一日、暑かったね。でも、オレは8月生まれだから夏は大好き。寒いのは本当に苦手。なんか自分が小さくなったような気がするし、重ね着をするのがキライだからね。といっても、真夏の炎天下でお日様を浴びまくるのかというと、まったくそんなことはなく、どちらかというと、クーラーでギンギンに冷えた部屋にいるのが好き。根っからのインドア派ですよ。ひどいときなんて、クーラー効き過ぎて「おお、寒い」とかいいながら、毛布にくるまってたりする。このご時世に、地球に厳しいよ、オレ。(おわり)

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