ターゲットはオレ様
はい、今日はJohnさんから。『ジャンルを超える』にコメントいただきました。なんと上海からですよ! やっぱりネットはすごいね。オレが自分の部屋でコツコツと書いている文章が、海を越えて中国に届いていると思うだけど、なんかワクワクするねぇ。「“この人は本気で取り組んでいる”と思ってもらうことは相手の共感を得る上で非常に大切です」。うん、オレも本当にそのとおりだと思います。実際に、自分の本気が相手に伝わっていくに従って、たくさんの仲間ができていく課程を何度も経験していますからね。
さらに、「”あきらめない”ことを決めていると、どんな人からの批判もアドバイスに変える事ができます」。そうなんです! なにがあってもやめないわけですからね。そのプロセスに現れる問題や障害は、必ずなにかの意味がある。というか、あきらめずにやり遂げようとしているその対象、そいつをしっかり育て上げるための試練みたいなものだと思います。だから、他人の批判も宝に変えられるわけですよね。
『ジャンルを超える』で書いたことは、実は、それほどわかりやすいことじゃなかった。いいものを創ろうとして、結果、売れないという目に遭い、それなら、売れ筋でも創ってやろうとしてまた失敗し、やっぱりいいものを創るしかないって360度、一回りしてようやく実感できるような世界だと思っている。だから、Johnさんもおそらく、そういう苦難の道のりを歩いてこられた人なんだろうと思いましたね。またお会いするのが楽しみです!
で、norikoちゃん。「分かってくれるまで見守って行こうと思っています」って、いいよね。見守るというのはとても根気のいること。闘うのと同じくらいパワーを使うよね。でも、時間をかけて相手のペースを尊重するっていうのも上級編だけど、大切なことだと思うよ。いいんじゃない! Taizoさんもいいよね。「これが”慈愛”というか、”愛”の本質だと思いました」。うん、愛は無償ですよ。また、このあたりの話はじっくり書きたいなぁ。はい、で、今日はどんな話をするかというと……、
『ジャンルを超える』の続編みたいなものなんだけど、商品でもサービスでも、なにかを創ろうとするときに、必ず話題になるのが「ターゲット」だよね。もちろん、男塾ブログでのもの作りだから、「いいものを創る」って大前提でね。オレが思うに、この「ターゲット」の見定め方ってものすごく「でき」を左右するんじゃないかってね。一歩間違うと、冥府魔道に迷い込むだけじゃなく、自分が創ろうとしたものとまったく違うものができあがるという不幸なことになりかねない。
じゃあ、一般的にターゲットがどんな風に捉えられているか。ここからいこうかな。結論としてはね、多くの場合、
「ターゲットを自分の外に置き、それについていろいろと調査した結果をもとに、商品を作る」
だと思うのね。よくあるマーケティングですわな。たとえば、こんな用語で分類されるよね。
M1=男性20〜34歳 F1=女性20〜34歳
M2=男性35〜49歳 F2=女性35〜49歳
M3=男性50歳以上 F3=女性50歳以上
でね、わりといい大学出たエリート君やエリート嬢にとって、こういう分類とか用語とかって、けっこう魅力的に映るんだな。なんか、仕事ができる人って感じでね。世の中の人が知らない知識を自分だけが持っていて、この世の消費動向を自由自在に操っているみたいな「力を得た感じ」が気持ちいいわけさ。
で、オレにいわせれば、こんな「荒い」ものはある時期にしか役に立たないってことなんだな。ある時期というのは、ものがバンバン売れるバブルの時代とかね、あとは、日本国民が一斉に1つのブームに乗っていた時代。「ダッコちゃん人形」や「フラフープ」がバカ売れしていた昭和のころだよね。魚にたとえるならば、図体がでかいわけよ。だから、目の粗い網を投げてもひっかかっちゃう。ところがね、いまみたいに、なかなかものが売れない時代は、ものすごく小さい魚を捕るようなものなんだね。つまり、目の細かい網、もしくは網じゃなくて1本釣りで勝負しなきゃダメなんじゃないかとオレは思うわけ。
さて、じゃあ、男塾的にはターゲットをどんな風に捉えるのか。オレの答えを書いてみるよ。初級編と上級編の2つに分けてね。まずは、初級編。
「ターゲットはオレ(わたし)として商品を創る」
まぁ、いたって単純だよね。自分が勤める会社でこれができたとしたなら、その人は天職に就いているといってもいい。つまり、「自分の会社で売っているものを自分で買える」という状態ね。オレのギタースクールの生徒さんで、変電所を売っている女性がいる。1個が何百億円という代物ね。この人なんかは自分で変電所を買うわけにいかないから、「ターゲットはわたし」とはならないよね。そういう方々は、この初級編は「ものの捉え方」としてだけ読んでもらって、実践は上級編を参考にしてね。
はい、そういうわけで、ターゲットは自分自身ですよ。で、新商品を企画します。そこで、最初に自分に対してこう約束するのね。
「これから創るものは、自分だったら絶対に買う。限定100個だったら朝の4時くらいに店に行って並んででも手に入れたいものにする」
どうよ。「なんかできそう」と思った? もしくは、「それってとても難しいことじゃないか」って思いましたか? おそらく、その両方なんだよね。少なくとも、ターゲットが見知らぬ他人であるよりは創りやすそうだよね。その反面、もっとも趣味趣向を知り尽くしている自分だからこそ、そのニーズに100パーセント応えるのは難しい感じがするでしょ。ここに、もの作りにおけるターゲットの意味が隠されているのね。
つまり、こういうこと。
「ターゲットとはどの部分を妥協せずに創るべきなのかを教えてくれる指標である」
なんじゃないかと。手を抜いてはいけない部分、完全に満足させなくてはいけない部分、それがどこなのかを知るための羅針盤だよね。もちろん、それを見つけるのは至難の業。だからこそ、最初は「自分」をターゲットとしてやってみるべきなのよ。いい方を換えるなら、「自分すら満足させられない人は他人も満足させられない」ってことだね。
はい、具体的にはこんな感じになるよね。まずは、1つの新商品を思い浮かべる。もちろん、競合他社は同じようなものをたくさん売り出している。店頭にならんだ類似品。自分が「これを買う」と決断する決め手はどこにあるか。デザイン? 価格? 機能? ブランド? いろいろあるよね。もちろん、いい訳は一切、通用しないでしょ。自分が買うのだからね。企画段階から、綿密に「決め手」を練り上げなきゃだめだよね。創り上げる行程でもそう。「この程度でいいかな?」なんて妥協をしたが最後、自分が買わないものができあがっちゃう。
よく、エクスキューズ付きの企画ってあるじゃない。「価格面ではたしかに他社に比べて高くなります。でも、この機能とこのデザインがあれば勝てるのでは」みたいなね。そのときに、「自分だったら」を真剣に検討してみたらどうだろう。「うーん、それでも、自分だったら安い方を選ぶかなぁ」もし、少しでもこんな風に思うのだったら、コスト面やらを見直して、価格でも負けないようにするべきだよね。何度もいうけど、「自分」がターゲットだからね。
はい、そんな感じで「自分ターゲット」のもの作りができたら、次は上級編。すなわち、「自分以外をターゲットにした場合」ですね。こういうときはどうするか? オレの答えはこれ!
「まず、そのターゲットに完全になりきる。次に、なりきった自分をターゲットにして商品を創る」
もったいぶって上級編とかいいながら、結論は「自分」なんですよ。初級編との唯一の違いは「ターゲットになりきる」という部分だけね。「なりきるなんてことができるのか?」って文句が来そうだけど、世の中にはまさにそれを職業にしている人たちがいるよね。「役者」ですよ。
『レイジング・ブル』という映画を見たことがあるかな? 1980年公開のアメリカ映画で、監督はマーティン・スコセッシ。主演はロバート・デ・ニーロ。この映画の中で、デニーロはボクサーのジェイクを演じるのだけど、若いころと年老いたあとで、体重が倍くらい変わるのね。おそらく、15キロくらいは太ってるんじゃないかと思う。それを、デニーロは実際に自分の体重を増やすことで見事に演じたのよ。もちろん、外見だけじゃなく、変わりゆくジェイクの内面もキッチリとね。
ほかにも、名作といわれる映画に登場する役者は、例外なく「役作り」を完璧にやってくれているよね。オレは、彼らの名演技を見るたびに、「ターゲットを想定するというのは演じることと同じだな」といつも思っていた。冒頭に書いたようにね、普通はターゲットを「外に置く」わけ。自分とは別の他人としてね。だから、本質に迫れない。だってそうだよね。人のことなんて知る術がない。しかも、結局は人ごとだからたいした思いも持てやしない。つまり、
「ハリウッドの名優と同じくらいの役作りをすることが、真にターゲットの心を自分のものにする唯一の手段である」
だと思うのね。「そんなのムリ」なんていわないでよ。役者は役作りをするだけじゃなくて、その結果を出さなきゃいけない。「演じる」ってことでね。でも、こっちはターゲットになりきるだけでいいわけ。そんなに難しくはない。唯一、必要なのは「愛」だけでしょ。自分が創った商品を買ってくれるその人のために、その人になりきる愛。顧客を愛していれば必ずできるはずです。
さあ、そうすると、マーケティングデータと呼ばれるものの意味合いがまったく違ってくるよね。それらの情報はとても必要。なんのために必要かというと、「役作り」ね。ターゲットを外に置いていたときは、「相手の趣味趣向を知り、それに合わせて商品を創るため」だった情報が、「相手になりきるための、役作りに欠かせない情報」になるわけ。おそらく、魚の網でいえば、ものすごく細かな網になるよね。それこそ、知り尽くさないと演じることはできないからね。
心の動きとか、感情とか、人生とか、深みも必要になる。上っ面の動向だけつかんだって仕方がない。情報とともに、「イマジネーション」が最重要課題になってくるでしょ。なりきって想像するわけよ。「こういう人は、こんなときどんな風に感じて、どんな行動をとるだろうか」。ね、まさに役者だよね。きっと彼らは台本を何度も読みながら、「愛してる」といってみるよね。で、「いや、この登場人物は相手の目を見ながら“愛してる”とはいえない人だ」って想像したり、「ひょっとしたら、死ぬまで愛してるなんていわないんじゃないか」と結論を出して、脚本家と議論したりするだろうね。
オレたちも、そこまで、徹底的にターゲットになりきるわけよ。女性ものの下着メーカーに勤める男性だったら、もう、徹底的に女性になりきらなきゃダメだよね。奥さんに着せて感想を聞くなんてのは生ぬるい。オレだったら間違いなく、毎日、自分ではいてみるね。それが演じるってことじゃない? 間違っても、消費者の動向を操ってるなんて、外側の立場には立たないことだよね。命がけで、愛をもった役作りをしなければ、いまの時代に売れるものなんて創れやしない。本気でそう思うよ、オレはね。
で、完璧に役作りができたら、あとは初級編と同じ。演じている自分が本当に買いたくなるものを創る。実にシンプルだよね。このやり方なら、B to Bのでかいシステムだろうが、変電所だろうがなんだって創れる。ターゲットが社員数1000人の経営者なら、それになるのよ。変電所みたいな国家プロジェクトに関わるものだったら、それを決断する役人や政治家になりきる。で、あらゆる情報収集は役作りのためにやる。まぁ、大変だろうけど、めちゃくちゃ楽しいよね。もう一度、結論を書いておきます。
「ターゲットはいつでも自分。外には置かない」
はい、今日はこんな感じかな。ね、やっぱり映画を見たり、演劇を見たり、本を読んだりするのは大切だよね。で、そのときのコツはね、「共通点を見つける」ということ。くだらないお笑いのネタ、映画のワンシーン、CMのキャッチフレーズ、そういうなにげないことに、自分の仕事や人生のあるテーマに共通するなにかを感じられるか。これが重要だよね。ボーッとして見ていても、「あっ!」と感じる気づき力。こいつを身につけると最強だと思うな。
いま、明日の男塾のテキストを創ってる。キレイな紙に印刷して、Kinkosでリング製本してもらうのね。1冊、1000円くらいかかる手の込んだもの。そうそう、前回の男塾では、紙のサイズを間違って買ってしまってね、取り替えに行く時間がなくて、ホチキス止めの簡易版をお配りしたままだったね。今日、前回分も刷っているから、先月の参加者の方にはすぐ郵送しますね。しばし、お待ちを。それにしても、A5サイズとハガキサイズを間違って買っちゃうなんて、本当にボケてるところはとことんボケてるなぁ、オレ。(おわり)

