いい流れ、悪い流れ
ところで、「運がいい」ってどういうことだと思います? わかっているようで、けっこう曖昧だよね。そもそも、この世に「運」というものがあるのかどうかすら怪しい。ただね、本当に、これまで生きてきた経験からいえば、「運なんてない」と言い切れるだけの根拠もやっぱりないんだよね。自分の調子がいいとか悪いとかに関わらず、「なんかうまくいかない」ってことはよくある。反対に、「今日はやたらとツイてるなぁ」なんて感じる日もあるじゃない。
でね、どっちつかずの前置きで始まったんだけど、オレはどうかといえば、「運」というか「人生の流れ」みたいなものは絶対にあると信じているのね。自分の調子とは無関係に、我々の周りには大きなうねりのようなものがあって、そいつからさまざまな影響を受けながら人生を送っているって感じがしてならない。今日は、その「運」や「流れ」について書いてみたい気分だな。
実はね、日常の生活にあまり変化がないときは「運」を感じにくいように思う。朝起きて電車に乗って職場に行く。仕事もどちらかというとルーチンワークが多くて、淡々と与えられた作業をこなすだけ。終業時間になってまた電車に乗って家に帰る。風呂に入って寝る。こういう感じの一日だと、運というものをあまり意識しないですむ感じかな。
オレも若いころは食べるためにいろんなアルバイトをやってた。自転車のネジを作る仕事とか、印刷所の凸版をシンナーで洗う仕事とか、引っ越しもやったし、倉庫で荷物を梱包してトラックに積み込む作業もやった。あと、ビルの掃除もけっこうきつかったね。この手の仕事はやっぱりルーチンワークだからね。運とか流れはあまりない。あえていえば、「今日の仕事は楽だったかなぁ」みたいなものかな。それにしたって、長くやってると周期的なものだってことがわかる。月末は忙しいけど、中旬は暇とかね。運じゃないわけさ。
じゃあ、どういうときに運や流れを強く感じるかというと、まずは「勝負事」だよね。スポーツの試合しかり、ギャンブルしかり。「勝ち負け」がはっきりしていることをやっていると、運を意識せざるを得ないよね。で、オレの場合、運というものを強く感じられるものに、昔っから強い興味を持っていたような気がするな。そうそう、たとえば恋愛とかもその1つだね。とくに、最初の「つきあえるかどうか」ってときが最高だよね。まさに、勝負なわけさ。
それから、もっともオレが運を意識させられる場面というのが「ライブ」だね。生演奏。これは本当に不思議だと思う。その日の調子は最高で、リハーサルもものすごくいい感じにできた。体調も万全、お客さんの入りもほぼ満員。で、本番前に軽く腹ごしらえをして「今日はうまくいくに違いない」と、期待を膨らませてステージに立ってみると……、それまでやったことがないようなミスを連発したり、妙に力が入ってしまったり、なんか一気に悪い流れにハマることがあるんだよね。
あとは、仕事にしても「新しいことにチャレンジする」なんて場面はやっぱり運を感じられるね。雑誌のリニューアルなんかもそうだったし、これまでやったことがないようなテーマに挑戦するなんてときもそうね。新企画のプレゼンテーションとかもそうかな。これらに共通しているのはね、
「自分でどうしようもない大きな力が働いて、ある結末に導かれていく」
そんな感じがすることですね。でね、ライブのところでも書いたけど、運というものが1日をとおしてずっと同じ感じかというと、また全然違うんだね。ある瞬間に「分かれ目」みたいなものがあって、ラッキーの頂点からアンラッキーのどん底へ、ズーンって感じで落っこちるようなことがよくある。もちろん、その反対もね。グーンと上がっていくわけ。
で、いろいろ体験しているうちに、本当になんとなくなんだけどね、そういう分かれ目、運の変わり目にどう対処したらいいかがわかってきたような気がするんだな。ただし、オレなんかの「わかった」なんて、本当にたかがしれているからね。あんまり、自信満々にみなさんに披露できるような代物じゃない。ただ、それを書いたら、なにかのヒントになるんじゃないかと思ってね。ちょっと試しにやってみようかなと思います。
まずは基礎編で、「なるべくいい感じの運や流れにする準備」からいこうかな。いくつかあるんだけど、そのすべてに根拠はない。まぁ、経験値としかいいようがないね。そもそも、運や流れなんて絶対に人智を超えているわけだから、深く考えても仕方がない。うまくいったことを積み重ねて感じていくしかないよね。というわけで、最初はこれ。
1)日々の生活で徳を積んでおく
「徳」というのを説明するだけでものすごい文章量になりそうなんだけど、もうこれシンプルに「いいこと」で納得してほしいな。自分なりの気持ちいいことでもいいや。とくにね、人が見ていない場面でやるのがさらにいいと思う。ゴミを拾う、電車で席を譲る、なにかしてもらったら「ありがとう」という、率先してオフィスの掃除をするみたいな感じかな。あと、「他人のために無償で汗を流す」というのもかなり徳ポイントは高いと思うね。
2)約束を守る
これも「徳」に近いのだけど、かなり大事だと思うから挙げておく。で、最大のポイントは「小さな約束から大きな約束まで、ありとあらゆる約束を全部、守り通す」ということ。会社の重要な会議なんて欠席する人はいないでしょ。そういうのは約束を守ったというよりも、自分のために出席したと考えた方がいい。そうじゃなくて、友人との飲み会の約束とかね、借りた金品を返す日とか、彼や彼女に電話するとかだな。要は、電話1本で、「ゴメン、今日は体調が悪いから行けないー」とか簡単にいえてしまう約束を、キッチリ守ることだね。
3)一夜漬けをしない
これは準備のこと。あらゆる勝負事には「準備」があるでしょ。企画のプレゼンだったらパワーポイントで企画書を作るだし、スポーツやライブだったら練習だし、なにかの試験だったら勉強ね。そういう「準備」に、できる限りの時間と労力を費やしてあげること。間違っても一夜漬けをしてはいけない。「言うは易く行うは難し」なんだけどね、余裕綽々ぐらいの感じに持って行けたら、運や流れはそれだけでかなりいい状態と思っていいんじゃないかね。
4)赤い下着を着ける
これは美輪明宏さんのお言葉。なぜだからはオレも知らない。けども、オレはライブや企画のプレゼン、リアル男塾の日なんかには絶対に赤のパンツをはくようにしている。うそだと思う人は5月23日(土)の男塾に来てみてね。リクエストがあれば、いつでもお見せしますから。って、見たくねぇか。
以上が基礎編。これだけでベースの運はかなり上がっているはず。次に、実践編だね。運の変わり目での行動の仕方というか気持ちの持ち方。まずは、
☆運が上向いてきたと感じたとき
ギャンブルでいえば、急に勝ちまくり始めたって瞬間かな。スポーツでもあるよね、「流れがこっちに向いてきた」なんて感じのとき。さあ、あなたならどうするか。このブログをずっと読んでくれてる人ならわかるかな。答えはこれ!
「自分の運を信じてネガティブな思考を一切せずに、流れに身を任せてサーフィンのように幸運に乗る」
だね。不思議なことに、人というのは運が上向いた瞬間をしっかり認識できるんだね。みんな感じているはず。けれども、ジェットコースターが上り始めたときみたいに、「次に落ちること」を想像し始めちゃうのよ。幸運にビビるってことだよね。それだと、せっかくのいい流れが止まっちゃうんだな。だから、上がりっぱなしで落ちないジェットコースターをイメージしなきゃダメ。あと、欲が深すぎて守りに入ると、やっぱりこの落とし穴にはまっちゃう。できればね、
「この幸運で得たものはいつでも手放してあげるよ」
くらいの感じがちょうどいいね。しょせん、ラッキーで得たものですよ。帰りにプラスマイナスがゼロだったら御の字みたいな気分になればいい。「手放したくない!」って思えば思うほど、急速落下のイメージにとらわれるからね。空から降ってくる金貨の雨を気持ちよく浴びて、それでいて浴び終わったら全部、返してあげる。そんな太っ腹でいてほしいね。そうすれば、いい流れがしばらく続くはず。
ああ、そうそうもう1つ大事なことがあった。ツイてるときは「感謝の気持ち」を忘れちゃダメね。もう、何度でもいいから「ありがとうございます」を心の中で繰り返した方がいい。だれに? ってだれでもいいのさ。しょせん、オレたちにはわかりっこないのだからね。わからなくていいから「ありがとう」を連発する。オレなんて、運が向いてきたって感じた瞬間から、念仏のように「ありがとう」を唱えてるよ。もちろん、心の中でね。さすがに、声に出していうのは周りに気持ち悪がられるでしょ。
で、逆のパターンね。
★運が下降したと感じたとき
一言でいえばね、「堪え忍ぶ」時間だと思えばいいのかな。はっきりいって運が下降したときは辛い。けれども、実は運が上向いたときよりも、この下降の時間になにをするかで、その人の人生が決まるといってもいいんじゃないかな。それほど、重要なポイントだってことだね。絶対にしてはいけないこと、それは、
「心を折る」
ことね。折れそうになるよ。だって、なにやってもうまくいかないんだからね。で、ご想像どおり、多くの人はここで「あきらめてしまう」んだね。それをやっちゃうとどうなるか。もうその日は二度と浮かび上がれません。まずは、認めることね、
「仕方ねぇよ、いまは運が落ちているときだもの」
ってね。で、嵐の予感をしっかり持って覚悟を決める。「しばらくは辛い目に遭うのだろうけど、オレは心を折らねぇぞ」ってね。次に、自分の状態をよく観察して「修正」できることがないかを探す。体に力が入りまくってたら、フッと抜いてみるとかね。焦っていたら、「まぁまぁ、ゆっくり行きましょうよ」と自分にいってあげたいよね。ものすごくネガティブな思いに囚われ始めていたら、ポジティブまでいかなくていいから、ちょっとの間だけでも思考を止めてみるとかね。
で、「神頼み」の反対をイメージする。神頼みというのは「神様、お願いです。いまのわたしのこの悪運をどうにかしてください」ってお願いする感じでしょ。それの反対をやるわけ。
「どうすれば、神様はオレを救いたくなるだろうか」
これだね。神様にお願いするのではなく、あちらから「お願いだから救わせてくれ」といわせたい。そのためにはなにをすればいいかを想像してみるわけ。具体的になにをするかは、そのとき心に閃いたことでいい。
オレがライブのときによくやるのはこんな感じかな。まず、意識を全部、自分の体に戻す。たぶん、うまくいかないときというのは、お客さんの方だけに意識がいってるよね。それを全部、こちらに帰ってこさせる。そうしておいて、次に演奏する曲からものすごく「丁寧」を意識してワンフレーズ、ワンフレーズを最大限に大切にしながら、ゆっくりと弾き始める。つまりは、
「そのとき自分にできることを最大限の努力でやり抜く」
ってことかな。それでもうまくいかなければ、また次の曲で改めて「丁寧」をやり直す。もちろん、力を抜いて、焦りと闘って、「最後は必ずハッピーエンドにする」と心に誓って弾き始める。そうしたら、たぶん、神様はこんなオレを見るに見かねてなんか手伝ってくれるんじゃないかって気になれるね。で、結果はというと、ものすごく高い確率でうまくいくことのほうが多いね。
「手を合わせて祈るだけじゃ神様は降臨してくれない。神を引き寄せる思いを持ち、できる限りの行動を起こした人にだけ彼らは手を差し伸べる」
これが、オレの神様論なんだな。
うん、今日はこんなところかな。先にもいったけど、オレごときの運の話なんてどこまで当てになるか自分でも疑わしいのだけどね。なんか雰囲気だけでもつかんでもらえたら、今回は大成功ということにしておこうかな。書いていて気づいたのだけどね、できることならば、やっぱり「運」や「流れ」を強く感じられる仕事をしていたいと思うな。そんなことを考えているとね、いまでもふと、「いまの仕事を全部、辞めて博打打ちになっちゃおうかな」なんて思うわけさ。マジでね。けれども、過去の成績を見てみると、まぁ、それじゃ食えないよねってのが結論でさ。やっぱり、音楽とか男塾とかで、「お客さんとの真剣勝負」を心ゆくまで楽しみたいね、オレ。(おわり)

